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最北の日本犬を訪ねる。

本稿は『けもの道 2020秋号』(2020年9月刊)に掲載された特集記事『北の大地の日本犬 天然記念物北海道犬』を note 向けに編集したものです。掲載内容は刊行当時のものとなっております。あらかじめご了承ください。


天然記念物指定を受けている日本犬の一種、北海道犬。アイヌ犬と呼ばれることもあるとおり、もとはアイヌたちとともに古き北海道に生きた狩猟犬だ。日本だけでなく海外にも愛好家がいる日本犬であるとともに、今でも国内の狩猟シーンで活躍している獣猟犬でもある。

今回、北海道犬を取り上げるに当たり、まずは現状を最もよく知る高橋久𠮷さんを訪ねた。

取材協力|高橋久𠮷氏。一般社団法人天然記念物北海道犬保存会副会長・審査部長、北海道犬犬舎「北秀荘」代表。68歳。元自衛官、福島県出身。転勤で北海道に赴任した際、狩猟犬として使役されていた北海道犬に初めて出会い、その姿に魅了される。以来、繁殖・飼育を開始し、現在までおよそ400頭の北海道犬を輩出。犬は高橋さん所有の北海道犬武蔵

文・写真|佐茂規彦

天然記念物指定の犬

「北海道犬」という呼称が使われ始めたのは昭和初期までさかのぼる。昭和3年に設立された日本犬保存会は、日本各地を調査し、地域性および犬種としての固定が見られる犬を発掘し保護・繁殖を開始。国威発揚の時代も後を押し、北海道犬を含む七犬種(※)が国の天然記念物指定を受けた。

※秋田犬(昭和6年)、甲斐犬(昭和9年1月)、紀州犬(昭和9年5月)、越の犬(昭和9年12月)、柴犬(昭和11年)、四国犬(昭和12年6月)、北海道犬(昭和12年12月) 越の犬はその後絶滅したとされ、現在はそれを除いた六犬種となっている。

北海道犬について言えば、昭和12年に天然記念物指定を受ける以前の昭和8年にアイヌ犬保存会が設立されており、一足早く在来犬種としての保護活動が始まっていたことがうかがえる。

現在は日本犬保存会から分離・独立した(一社)天然記念物北海道犬保存会およびその会員らが中心となり、北海道犬の繁殖、血統書の発行や管理がなされている。

北海道犬のルーツ・系統

北海道犬は地域ごとに特徴のある系統に分かれていた。

毛色が赤(茶白)または白が基本の千歳系、虎毛の厚真(あづま)系、体の大きい岩見沢系、胡麻が多く体が小さい阿寒系など。中でも千歳系は他系統よりも頬が張り、鉢が広く、昔から展覧会での人気が高かった系統だったため、現在の北海道犬のほとんどが千歳系となっている。他系統はわずかに厚真系の虎毛個体が見られるぐらいだ。

今回の取材では、高橋さんから千歳系北海道犬の歴史に触れる貴重な写真資料を多数見せていただくことが出来たので、その中でも代表的な4頭を紹介しよう。

まずは千歳系北海道犬の祖犬である「阿久」。

「阿久」は千歳の熊狩り名人として知られた小山田菊次郎氏の犬で、雪穴の中で熊と大格闘を繰り広げたという逸話もあるほど猟欲強く、勇猛な犬だった。

千歳系北海道犬の祖犬「阿久」(昭和2年生・牡・灰)

写真は不鮮明であるものの、よく張った胸に力強い四肢、前を見据える顔貌からは野性味があふれ、獣猟犬として名を馳せた当時の勇姿が想像される。

そしてその直系に当たるのが「ピリカ」および「次郎」の2頭。「ピリカ」は「阿久」とよく似た外観を持ちその特徴を受け継いでいる。「次郎」は「阿久」よりも鉢がやや広く、前肢と足の握りの力強さが目を引く。

「阿久」の直系犬「次郎」(今泉氏・昭和18年生・牡)

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