大物猟師の知らない世界 〜 アメリカンビーグルとウサギ猟
はじめに
猪・鹿・熊猟に並ぶ、狩猟犬を使った獣猟。
それがウサギ猟だ。
古くから日本にはウサギが生息しており、同時にウサギを狩る術が伝承されて来たはずだが、現代猟師のうち何割の人がウサギ猟を目の当たりにしたことがあるだろうか?
今回は最強寒波が到来する中、大物猟師にとって神秘のベールに包まれたウサギ猟に密着した。
文・写真|佐茂規彦
※記事中の「ウサギ」はすべて狩猟獣の「ノウサギ」を表しています。また、猟場保全の目的から取材先の地名・人物名・犬名は公表いたしておりません(すべて仮名を使用)。それらの詳細につきまして個別のお問合せにはお応えできませんので、予めご了承願います。
ウサギ狩り用の犬
今回、取材させていただくのは狩猟歴18年の橋本さん(仮名)。まずはウサギ猟で使う犬を見せていただいた。
ビーグル
橋本さんだけでなく、日本のウサギ猟師が使用する犬はアメリカンビーグルが主流だ。ビーグルはもともとイングランドが原産の小型のハウンド犬(=イングリッシュビーグル)で、イングランドからアメリカに輸入され、より小型のものが人気を博し、後にそれが日本に輸入されるアメリカンビーグルの元となったと言われている。
今では愛玩犬のイメージが強いが、エリザベス女王の時代からヨーロッパではウサギ狩りに使用されていたとされる立派な狩猟犬だ。ウサギはゆっくり追われると自分のナワバリを出ることなく、限られた範囲の中で逃げ回るため、足が遅いビーグルがスポーツとしてのウサギ猟に適していたのだ。
良いビーグルとは
橋本さんが現在飼育しているビーグルは、現役犬ではメス3歳とメス2歳で、その他に引退したオスが1頭。ウサギ猟においても、まずは犬の能力が猟果を左右する。橋本さんも初めのころは犬を他の猟師から譲ってもらっていたが、今では自分で繁殖をしている。
「狩猟用のビーグルは、猟に対する意欲が大事。見た目だけで良し悪しは分からない」と橋本さんは言う。ウサギは他の四つ足動物よりもニオイが「小さい」。普通、犬はニオイが強く「大きい」方を追う。いろいろな動物のニオイがある中でウサギを追うように訓練し、その能力に長けた犬を見極め、猟犬として秀でた血を後世に残していかなければならない。ただし、それは見た目では判別できず、実際にウサギを追うことで体現される要素なのだ。
「トリック」を見破れるか?
ウサギ猟における犬の動きを見るポイントの一つに、ウサギの「トリック」への対応力がある。
追われたウサギは、自分のニオイを追跡して来る「敵」を撹乱するため、数十メートル直線で走ったところを逆行し、その途中で数メートル横っ飛びをしたり、あるいはある地点から放射線状に何度も往復し、同じくその地点から大きく跳ぶことで、自分のニオイを途切れさせようとする。これをウサギの「トリック」と呼ぶ。
追跡して来た犬にしてみれば、急にニオイが途切れてしまうので、途切れた地点を中心に周囲を捜索し、次に始まるニオイを見つけて追跡をつながなければならない。
体臭をとり、足が速いビーグルは狩猟に向いているように見えるが、速過ぎるとウサギがトリックを行っているのに通り過ぎてしまい、そこから再び次につながるニオイを見つけるまでに時間が掛かる。
逆に地道に足臭をとる反面、足が遅過ぎると、トリックを見破ることは早いかも知れないが、そもそもウサギを起こすまでに時間が掛かり、実猟向きとは言えない。
バランスの良い身体能力を基本とし、実猟の経験を積み、いち早くトリックを抜けることがウサギ猟用の犬には求められる。
ウサギ猟の醍醐味=ビーグルの「鳴き」
ビーグルは獲物のニオイの強弱や、獲物までの距離などでその大きさ、声色を変化させる。
複数のビーグルを同時に放し、その様々な鳴き声が山中に響き渡るとき、それはウサギ猟師の至福のときでもある。千変万化のビーグルの「鳴き」こそがウサギ猟の醍醐味と言っても過言ではない。
例えば、足が速いビーグルはウサギに追いついて咥えてしまうことがある。咥えることを覚えてしまったビーグルは、追うことよりも咥えることを重視するようになり、あまり鳴かなくなってしまう場合がある。そうなると猟果は得られても、「鳴き」のないウサギ猟となってしまい、楽しさはむしろ半減してしまう。
猟果優先ではなく、ビーグルの仕事それ自体を楽しむのがウサギ猟なのだ。
非猟期中のトライアル
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?