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【猪犬閑話】想い出の紀州系猪犬アーカイブス
本稿は『けもの道 2020秋号』(2020年9月刊)に掲載された記事を note 向けに編集したものです。掲載内容は刊行当時のものとなっております。あらかじめご了承ください。
文・写真|八木進
著者プロフィール|八木進
昭和29年京都府生まれ。猪猟の盛んな丹波地方で育ち、少年期から勢子として山入り、16歳で和歌山県から紀州系猪犬を持ち帰り、現在までに「義清系」「鳴滝系」血統犬を主体に16代まで累代、猪犬として使用する。59歳で大手銀行系企業を早期退職、現在、猟期中は猪猟、期外は鹿を主体とした有害獣駆除での職業猟師を生業とする。実猟紀州系猪犬の系譜と血統を生涯のライフワークとして研究中。
周参見の治郎
昭和51年夏のある日、紀州には早春から渓流釣りに訪れていたが盛夏で各河川が渇水となり、釣れない渓流釣りをあきらめ南紀の浜で投げ釣りでキスを釣っていた。朝からキスは順調に釣れ夢中で竿を振っていると、炎天下でかなり暑いことに気が付き、近くの磯場の木陰で涼むことにした。
その前の岩場では私が来る前から一人の釣り人が磯釣りをしており時折り魚を釣り上げている。そばに行ってみると30センチ程度の魚をトングのようなもので掴んで処理していた。釣り人に話を聞くとこの魚は「アイゴ」という魚で背びれに猛毒を持っており、誤って刺されると「一晩中激痛で寝られん」とのこと。但し、煮つけにするとたいへん美味な魚で「アイゴの皿ねぶり」と言われていると教えてくれた。
それから40歳代と思われるその釣り人は「俺の家に来たら食わしたるで」と言い出したので二つ返事でお邪魔することにした。ここは南紀の周参見町(現すさみ町)で、釣り人「U氏」宅の集落はかなり奥の古座川に越える峠の麓であった。
集落入り口の道路沿いにあるU氏宅に車を乗り入れて先ず数頭の犬が出迎えた。その犬達は一目で紀州猪犬と言える風貌であり、その中で少し小柄な胡麻毛の牡老犬に目が釘付けになった。
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10歳以上と思われ紀州系特有の赤胡麻毛は少し淡くなっているが、色調・毛質は大変良く、手のひらが乗る程度の広い頭部に綺麗な三角耳が立っており、太い口吻とのバランスが古い紀州系猪犬の見本のような犬である。
また、大柄の白毛の牡紀州犬は一見して「関東系」と思われた。一見米粒を全身にまとったような硬毛は当時、日本犬保存会会員として多くの紀州犬を見ていたが初めて見る驚きの毛質で、大きな体躯と相まって抜群の容姿であった。
後で聞くと関東から遠路来猟する猟人が、群馬県の名系紀州犬を持ち込んだのであった。他に少し雑化した赤毛の牝犬が2頭おり優秀な猪犬群を持った猪猟一家であった。
U氏の家系は、70代父親が当地で代々続く猪猟師で頭領と呼ばれていた。その夜には話以上に美味なアイゴの煮つけや持参したキスてんぷらをご馳走になりながら、夜遅くまで頭領の猪犬や猪猟の話に聞き入った。
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