超音速のホムンクルス。#むつぎ大賞応募用SS

ここは高度12000mの世界。
其処は地上の気圧の四分の一。
気温は平均マイナス50度。
生命の生存を一切許さない世界において、
音速を超える速度で飛翔する複数の存在が其処にあった。

『敵機後方、ミサイルロックアラート』

此方の危機を女性の声が鼓膜が破れんばかりのがなり高い声で警告する。
即座にスロットルレバーと操縦桿を操作して、回避行動へと移る。
此方を狙ったAAM(空対空ミサイル)の接近を知らせる警告音が響くが、そう簡単に当たってやる訳にはいかない。
AAMが至近距離に達する直前、直感で操縦桿とスロットルを操作しエンジン出力を下げ、エアブレーキを展開して上昇しつつ急激に機体の速度を落とす。
此方を撃墜せんと迫ったAAMは目前で目標を見失い、此方の下を通過、
混乱した様な機動を描いた後、此方のはるか前方で爆発し、無意味と化す。

『警告します、先程の機動は大変危険な操縦ですよ! 最悪コントロール不能の恐れが――』
「うるさい、耳元で叫ぶな! お前は補佐をしていればいいんだ!」

危険飛行に対する警告を相変らず叫ぶ女性の声――戦術AIに叫び返すと、
再度、エンジン出力を上げて加速し、失速寸前だった機体をコントロールしつつ視界とレーダーで敵の動きを追う。
敵機はしつこく此方の後方に食いつこうとしている、再びAAMで此方を撃ち落とそうと狙っているのだろう。
だがもう二度も同じ手には乗ってやる訳にはいかない。俺はスロットルを操作して機体を加速させる。

「……おい、クルビットの補助だ」
『クルビット機動? しかし現在の速度でその機動は当機の空中分解の恐れが』
「良いからやるんだ! こいつの限界は俺の方がよく分かってる!」
『……諒解、クルビット機動の補助に入ります』

急加速によるGに耐えながら伝えた俺の命令に対して、
僅かな間をおいて戦術AIが仕方ないとばかりの様子の声を出した後、補佐の動作に入る。
その間にも俺は機体のエンジン出力を操作し、推力変更ノズルを調整させて急激に急上昇し「人為的な失速」を引き起こさせる。
超音速での急激なGの変化に、視界がレッドアウトしそうになり身体もミスリル製の機体もミシミシと音を立てるが、俺も機体もそれで落ちるわけにはいかない。
一方で戦術AIは魔力回路を展開し「人為的な失速」をコントロールしながら、機体のフレームへ強化呪法を這わせる事で強度を強化し機体を空中分解させない様に調整し、此方の狙い通りの機動を描く様に補佐に入る。
敵からして見れば、目の前の敵機が突然消えたと思ったら、魔法の如く後ろに現れた様に見えただろう。

「BINGO!」

超音速域でのクルビットを見せ付けられ、混乱したのか動きの止まった敵機のエンジンノズルがよく見える。
すかさずそのエンジンノズルへ目がけ、ロックオンのカーソルが出るのも待たず、トリガーを引いて機関砲を斉射する。
哀れ、20mm砲弾の雨に晒された敵機は、燃料が引火したか激しく爆発し、余り美しくない花火と化した。

――それから数十分後。

「ふぃー、何とか生き残ったか」

無事に味方の基地へと帰還した俺は、機体を整備兵へ任せ、
身体を休ませながら一時間ぶりの地上で紙巻きたばこに火をつける。
やはり戦いから生き残った後のタバコの味は格別である、何というか身体に染み入るような味がするというか――

『また旧時代の紙巻タバコですか? それは身体に悪いと言った筈なのですが、話聞いていましたか?』

タバコの味を堪能していた所で、後ろから聞き慣れた声がかかる。
振り向いて見れば、其処には身体に密着した半透明のスーツを着た、
見た目は歳の頃10代位の、肩に掛かるほどの長さの黒髪の何処か冷徹そうなイメージをさせる少女の姿。

「いいじゃねぇか、生き残った後のタバコ位……」
『良くありません。貴方は旧時代の紙巻きタバコの喫煙によるリスクは御存じな筈ですよね?』
「あー、肺がんになる確率が上がったりとか云々言ってたあれだろ? もう耳タコだよ」
『ならば、その旧時代の遺物を吸うのを止めて火を消して然るべく処分してください。 これは忠告です』
「ちっ、うっせーなぁ……」

しつこく言ってくる少女に対する反論を喉元で抑えつつ、タバコの火をしっかり消しておく。
しかし、少女の不機嫌そうな様子はまだ収まっていない様子であった。
彼女は先程よりも声の調子を強く上げて言う。

『しかし先程の戦闘は何ですか! 機体の限界テストの様な無茶な機動を行うとか、航空ショーでもやってる気分ですか貴方は!』
「う…ありゃあ、敵も新型だったからああでもしなきゃ撃墜出来なかったわけで……」
『戦術AIの私が居るからもっと他の戦法で撃墜出来た筈です、それを無視する様に私をこき使って……ああもう私の存在意義を何だと』
「ああもう、分かったから泣かないでくれ……」

 整備兵達が物珍しそうに眺める中、
演技なのかおいおいと泣き始める彼女を何とかいさめようとする俺。
そうである、こいつは先程、俺が乗っていた機体に搭載されていた戦術AIなのである。
魔道による人造人間――ホムンクルスを製造する魔道錬金技術によって生み出された、20Gの機動にも耐える対G能力を持つ人工細胞で構成された身体に、あらゆる戦術プログラムと機体制御プログラムをインストールする事で産まれた、
所謂、魔法と科学の融合によって作り出された『生きた高性能戦術AI』なのである。

本来ならば、彼女たちは知性を持つ事はなく、状況に応じてパイロットへ的確かつ冷徹に戦術を与え、更に魔力感応波によるタイムラグゼロでの機体の制御を補助する事で、
新米のパイロットでさえも熟練のパイロット並みの戦闘機動を行える戦闘戦術補佐ユニットとして開発された。
ただ、製造を計画した軍部の予想に反し、生み出された彼女たちは、戦闘を重ねる毎に、パイロットの会話や機体の操縦などの戦闘データを吸収する事で、人間の如き知性を持つに至る「欠陥」が判明したのである。
そうとは知らず、俺も最初の頃は、高性能AIを搭載した新型機に乗れると喜び、的確な戦術を与えるAIの指示に感心しながら戦闘を行っていた物である。
しかし、出撃が二十回を数える頃、突然戦術AIが『ああもう! 何でそんな無茶な機動するのです! それじゃ自殺と同じですよ!』と叫んできたのだ。
俺は驚きながらも基地に帰還し、機体を駐機させるや、コックピットの後部にあるハッチが蹴り開かれ、其処から不満顔の彼女が出てきたのである。
其処からが戦術AIの彼女との腐れ縁の始まりとなったのであった。

「何でこんな事になったのかね……」
「文句を言ってる前に、その旧世代の遺物の処分が先です」

自分に対する不遇を漏らしつつ携帯灰皿に入れようとした紙巻きたばこを、彼女は見た目通りの冷たい口調で俺の手から取り上げると、聞き慣れぬ呪と共に、掌の上で一気に猛火で灰に変えてしまった。
ここが人工で作られた細胞単位で魔力回路を埋め込まれたホムンクルスの恐ろしさだ、通常の人間ならばそれなりの時間のかかる魔法の詠唱を彼女たちはほんのコンマ秒単位で行ってしまう。何時もながらに背筋がゾッとする光景だ。そう、やろうと思えば彼女は秒単位で人を灰に変える事も可能なのである。

――これらの予想だにしえない「欠陥」が判明し、
俺は彼女との腐れ縁は御免だと機体を別の物に変える様に上に具申する事にした。
だが、俺と戦術AIである彼女のコンビネーションの撃墜率が非常に高かった事もあって、
『当方と当戦術AIのコンビを解消する事は戦力を著しく落とす可能性がある』として、俺の希望も空しく敢え無く却下され、
更には、彼女はAIとして機体の中で大人しくして居ればいいのに、事ある毎に俺について回る様になり、
挙句に、宿舎での俺の生活態度や食生活にまで口出ししてくる様になってきたのである。

ただ、俺にもある程度の希望はあった。
こう言った魔道で作られた人工生命体の類は『寿命が短い』というセオリーがあるという事を。
しかし開発した技術者に聞いてみると「彼女たちの耐用年数はメンテナンス無しでも150年は持ちます!」と胸を張っていってくれたのだった。
つまり、俺が退役してジジイになってもあの戦術AIは少女の姿のままであれこれ文句言ってくる、という事であった。
なお、同型の戦術AIは上記の欠陥が判明した事と、知性を持った彼女たちによる反乱を恐れた軍部の意向により10体で製造中止となって居る。
つまりは後10人のパイロットは彼女と同じ姿の戦術AIに口うるさく付き纏われているのか……。

「ハァ、これじゃ撃墜される前にストレスで死にそうだよ……」
『また何を言ってるのですか? それに前にも言いましたが、コーラの飲み過ぎも良くないですよ?』
「はいはい、程々にして飲みますよ」

 基地のスクランブル要員の待機所の自販機前で、彼女の文句に俺は疲れた調子でコーラを飲み切り、その空き缶をリサイクルボックスに放り込む。
その矢先、やおら彼女が髪の毛の一部をピンと立て、真剣なまなざしで此方へ向いて。

『スクランブル(緊急発進)です、爆撃機と思われる未確認機複数が防空圏内への侵入を確認、急いで機体に向ってください』
「は、スクランブルだって? でもまだ警報も何も――」

彼女の唐突な言葉に対し、俺が疑問混じりに言いかけた所で――基地のスクランブルコールが鳴り始めた。

「おいおい、マジかよ、お前は基地の防空システムよりも高性能なのか?」
『私は常に周辺の味方基地のレーダーと同調していますので、これ位は可能です。それより急いで!』
「分かりましたよ、俺だって地上で爆撃されたかねぇしな」

急いで駐機している機体の方へ走る。こうしている間にも敵はこちらを爆撃せんと向かっている。
魔道と科学の融合の結晶が、こんなにも凄い能力を持っていて、そして口うるさく愛らしいとは思っても居なかった。
そんな俺の考えを他所に、彼女は何時もの調子で言う。

『今度こそは無茶な機動はしないでくださいね』
「それは敵さんの方に頼んでくれや『大人しく墜されてください』ってな」
『無駄だと思いますが、やってみますね』

俺の冗談に対し、彼女が珍しく少女らしい笑顔で笑って見せた後、
既に発進準備の整えられている機体のコックピットへ俺が搭乗し、
続く様に彼女は特殊な液体に満たされた戦術AIユニットの中へと納まる。
そして彼女は機体の各部が正常に作動するか確認し。

『機体のコンディションはオールグリーン、整備兵に感謝ですね』
「あいつらにも後で何か奢ってやらねえとな……っと、13番機、発進準備完了!」
『了解、進路クリア、13番機、発進タイミングを委譲、直ちに発進してください』
『OK! 待ってました!』

 同僚の機体が次々と出撃準備をする中、
機体を操作し滑走路へ出た所で管制塔から指示が下り、
待ってましたとばかりに俺はエンジンのスロットルを操作する。
ジェットの凄まじい音が響く中、ブレーキを解除すると機体が弾丸の如く加速し、直後、重力の頸木から解き放たれた機体がふわりと空へ浮く。

「そいじゃ、今回も一発やってくるか! 13番機、行くぜ!」
『今回は何機墜とせるか楽しみですね』

かくて、熟練パイロットの男と魔道によって作られた少女を乗せた機体が、敵を討たんと超音速で空へ行く。


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