具合が悪いって態度で示してもいいんだ、という話

・具合が悪いとき、具合が悪そうにする。
・具合が悪いと伝える。
これらに資格は必要ないんだな……そうか、そりゃそうだよな、という気づきと、ぬるいトラウマの話です。

具合が悪いことや、それを表に出すことに対して「申し訳なさ」「恥ずかしさ」「情けなさ」を抱いているひとの気持ちが少しでも軽くなればうれしいし、なにより自分自身の肩の重荷を下ろしたいのでここに書いておきます。

* * *

その保健室の先生は、しばしば友人たちに「神様みたい」とか「人類のなかで一番やさしい」とか「ほんとサイコー」とか言われていました。親しみやすい話し方をする60歳くらいの女性で、生徒からの信頼は絶大なものだったと記憶しています。

先生を「神様みたい」と言う友人のひとりは在学中に父親を亡くし、しばらく保健室に登校していました。また別のひとりは、思春期には珍しくないことでしょうが、母親と大喧嘩をして泣きながら登校し、1限目を保健室で過ごしたと言っていました。そのほかにも、登校中に電車で痴漢にあって気分が悪くなった、人間関係の悩みで眠れなかったなど……中高一貫の女子校において、生徒たちは実にさまざまな理由で保健室を訪れました。

私はと言えば、幸運にも精神的な理由で保健室のお世話になる機会はなく、その先生に会いに行ったのは卒業までの6年間でたった数回、「ほんとうに具合が悪くなった」ときだけでした。なにせ私ときたら体格も血色もよく声はよく通り饒舌明朗でお調子者――要するに保健室とはもっとも遠い場所にいる人種だったので、多少のけがでは保健室に絆創膏をもらいに行くという発想すらなかったように思います。(それに女子校というのはクラスに何人か、いついかなるときもカバンの中の小さなポーチに絆創膏やソーイングセットを備えている人種がいるものです)(そういう人種が保健室に絆創膏をもらいに行くとき、それはきっと絆創膏がほしかったのではなく、その先生とお話ししたかったのでしょう)

だから私がほとんど初めてに近い気持ちで保健室を訪れ、
「具合悪そうなフリするんじゃないの!」
と先生に背中をバンと叩かれたとき、私は大いに混乱し、それでも饒舌明朗でお調子者である自分のキャラクターとプライドを守るために、「ヘヘ……」と笑うことしかできませんでした。その後、先生は私の体温計が38℃超を示したことに仰天し、私は許可をもらって早退しました。

これが、「神様みたい」な先生についての、私の記憶です。

* * *

以来、38℃以上の熱があり、それでもまるで仮病のように見えた自分の頑丈さを誇って笑いに変えるのが、私の生き方でした。そうしなければ、簡単に人前で青ざめて涙を流し周囲からのやさしさを享受できる友人たちをうらみ、馬鹿にしてしまいそうだったからです。

そして、「神様」の慈愛は実際の弱者ではなく弱者っぽく見えるひとに注がれるのだと、実際の強者ではなく強者っぽく見える私には決してそのような慈愛が注がれることはないのだと理解するのはあまりにつらいことだったので、見た目どおりの強者としてふるまうことにしました。

持病の喘息の発作を起こしても(喘息もちと言えば、猫背と浮いた肋骨……と思われがちですが、私は姿勢がよくて肋骨の1本も見えず豊かなセルライトに包まれています)、インフルエンザで40℃以上の熱を出しても、過労でめまいを起こしぶっ倒れても、私は冗談を飛ばして笑いました。精神科にもカウンセリングにも通ったことがありますが、だれにも言いませんでした。

と、まあそういうふうにして生きてきたし、幸運にもそういうふうに生きることを可能にしてくれる環境などがあったわけですが、最近、もうそろそろ肩の荷を下ろしてもいいんじゃないかな、と思うできごとがありました。

それは、大坂なおみ選手がメンタルの不調を公表したことと、彼女に対する誹謗中傷が相次いだことです。誹謗中傷はそれ自体が間違った行為ですが、どうしてそんなことをするひとがいるのだろう、そう考えたとき、その責任の一部は私にもあるかもしれないと、ふと思いました。私程度のぬるいトラウマを経験した人間が、「神様(笑)」に抵抗することなく、さも実際に頑丈で鈍感であるかのようにふるまってきたことで、結果的に世の中の想像力がないひとたちは、一見健康的に見える人間は健康に決まっているし弱っていることを表に出すのは滑稽で嘲笑に値することだと思いこむようになったのかもしれません。(想像力のないひとたちは、『筋肉体操』に出演する方々だって下痢するときは下痢するし、メンタルに不調をきたすことだってあると想像することができないのです、たぶん)

心無いひとたちが大坂選手に「具合悪そうなフリするんじゃないよ!」と言う前に、私にできることがあるのではないか。

こういうわけで、私は自分の生き方を見直し、具合が悪いときに具合が悪そうにしたり、具合が悪いと伝えたりすることは許可制でもなんでもなく、自由にしてもいいのだと自分自身に言い聞かせ、ついでにnoteにも書いておくことにしました。

なにより大切なことは、
・(たとえあなたが体格も血色もよく声はよく通り饒舌明朗でお調子者だとしても)具合が悪いことや、それを表に出すことに対して「申し訳なさ」「恥ずかしさ」「情けなさ」を抱く必要はない。
・だれもが、具合が悪いことを表に出しにくくなるような空気感はつくらないほうがよい。
この2つです。

あと、
・ゴリラ側のみなさん、ともに強く生きようね……。
・だけど弱っちゃうときは当たり前にあるから、支え合おうね……。

〈おわり〉

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