モモンガの1日(3)
「悪いねえ。気にしなくていいのに」
モモンガがそう言って断っても、リスは
「隣人のよしみだから」と律儀な姿勢を崩さなかった。
見返りを期待するわけではなく、それが義務であるかのように毎日きっちりとやって来た。
しかし時が移り変わるにつれ、やがてどことなく疲れた顔に変わっていった。
あるとき、モモンガは心配して「まあ寄っていきなよ」と部屋へ招き入れた。
ふたりが腰を落ち着けて話をするのは意外にもそれがはじめてのことであった。
ずいぶんと昔に仕込んでおいた果実酒を奥から出してきて、
ふたりは夜ふけまで飲み明かした。
リスはお酒に弱いらしく、話しているうちに顔が真っ赤になってきた。
そして普段の几帳面な様子からは想像できないほど、多弁になっていった。
日々のこと、おつとめのこと、過去のこと、これからのこと……。
モモンガには正直、あまり話すことがなかったからリスの話が中心になっていった。
赤い顔のまま大声で話すリスは、しかし急に黙りこみ
すわった目でモモンガを見つめた。
「君はさあ、いったいなんのために生きているの」
ひんやりとしたその口調に、モモンガはすぐには答えられなかった。
というより、答えられなかった。
毎日必死に生きているリスの目には、ただぼんやりと生きている自分の姿が
どんな風に映っているのかが透けて見えそうで怖くなった。
幸いリスはそのまま突っ伏して寝てしまい、
答えは宙に浮いたまま、またいつもの朝がやってきた。
リスは「昨日はありがとう」と礼を言いにきたけれど、
モモンガはリスと顔を合わせるのが怖い気がして、
寝たふりをしたり時間をずらして出かけたりして、
それ以来あまり顔を合わせないようになった。
そのうちリスはもっと忙しくなり、最近ではめったに見かけることがなくなった。
モモンガは、ひしゃげた枕を見ては嘆息する。
部屋の奥にはリスからもらった手つかずの木の実が、果実酒のそばに静かに転がっている。
毎日の義務から解放されて、リスは気が楽になっただろうか。
それとも、また新たな義務を自分に課しているんだろうか。
申し訳なくもありがたかった、その木の実たちを見やって
モモンガはふうと息を吐いた。
(つづく)