モモンガの1日(5)
帰ってきて洗濯を済ますと、日差しはだいぶ傾いてきていた。
「果実を拭くのも、柱時計を巻くのもいつでもできることだ」
そう思い、
モモンガは図書館に返す本をかき集めた。まだ閉まるまでには時間がある。
一度に全部は重いので、とりあえず期限が近いものをパラパラと確認した。
見つけたときは読もうと思って借りたはずなのに、
部屋で見るそれらは砂でできた物体のように味気なく感じられて、
読む気が失せたまま転がされていることが多かった。
でもこうやってめくってみると、借りたかった気持ちがちゃんとまたムクムクと蘇ってくる。だから返すのが惜しくなる。
「もう一度借りればいいのさ」
そう決めて、急いで出かける準備をした。
鏡の前でブラッシングしていると、またイタチのシッポが頭のなかで動き回る。
構わず本を持ち、思いきって外に出たところで図書館カードを忘れたことに気づいたが、
「すぐに気づいたんだから、よし」
と呟いて戻り、今度こそ太い幹から飛びたった。
***
太陽が傾きはじめても空はまだ高く、青い。
もこもこ雲のはじが陽に照らされて、
薄墨色の影が雲のふくれたわき腹を際立たせる。
モモンガは風を切りながら空を眺めて飛ぶ、この時間がすきだった。
びょおお、と風が耳元を力強くなでていく。
その響きのなかに、声なき声を聴く。
風さんこんにちは。こんにちは。調子はどうだい。まあまあかな。今日もいい風で吹いてくれてありがとう。どういたしまして。
そうするうちに、森の中ほどまでやってきた。
図書館はあのいっとう高い杉の、中ほどにある。
この森は広いけれどいびつな形をしていて、中心部とはずれの距離がとても近い場所もあれば、遠い場所もある。
モモンガは引越すまえ、杉の木をはさんで反対側のはずれに住んでいた。
そこは今よりも中心部に近かったので、引越し後はだいぶ時間がかかるようになってしまった。
でも人間がぎゅうぎゅうに暮らす街から遠ざかったことで、
今の家のほうが空気はきれいだとモモンガには思われた。
同じ木に住んでいた動物たちには、あまりその違いがわからないらしかった。
とにかく今日はこれでも飛ぶことに集中できたので、
だいぶ時間短縮になったんじゃないかとモモンガは胸を反らせた。
大きな杉は、周りの木々よりも頭ふたつぶんは抜きん出ている。
その幹は乾いてひび割れて、苔のはえた木肌が幾層にも重なっている。
何百年も朽ちることなく生きてきて、この先も変わらず森を見守ってくれる生命力をもっていることを
森の住人たちは皆知っている。
太い幹の内側に、杉のたましいが静かに宿っているのを感じている。
***
モモンガは、乾いた木肌でからだを切らないように気をつけて、中央部の図書館へと飛び移った。
「こんにちは」
(つづく)