フィーダーと私
イギリスのロックバンド『フィーダー』
ウェールズ人のグラントニコラスと日本人のタカ・ヒロセが今のメンバー。
私を構成する音楽のTOP5であり、20年来の友達のような存在であるフィーダー。
一度だけ、グラントと直接話をしたことがある、今はなき新宿のHMVでのインストアライブに、フィーダーが来るイベントでのことだ。
多分、いやきっと早く行けば会えるに違いないという確信に近い気持ちで、3時間くらい早く行って、うろちょろしていた時に、HMVの下の階にあるベスト電気で、グラントが買い物をしていたのだ。
「ああ、プライベートだから、買い物が終わったら声かけよう」と、プライベートの意味を間違っていたような気もするが、グラントがレジで買い物が終わるまで、少し離れたところで、グルグルまわっていた。
本来、芸能人とかがいても、声をかけるようなタイプではないので(あちらはこちらを知らないんだから!)たとえ自分が好きだとしてもサインとかもらおうと思わないタイプなのだが、どうしても直接言いたかったのだ、「フィーダーの音楽にミラクルパワーをもらったんだ。ありがとう。」と、「Feeder give me a miracle power! Thank you!」と大学生とは思えない英語を前の日から決めてきたのだ。
(ちなみにTOP5の2組には言えたあと3組笑)
そして、もう一つお願いしたいことがあった。
私がそのパワーをもらったアルバム『Comfort in sound』のブックレットの裏表紙にどうしてもグラントのサインが欲しかったのだ。
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今でも覚えている、『comfort in sound』を初めて聴いた夜のことを。
ある真夜中にふと「聴こう、今だ」と思ったのだ。
フィーダーの事を初めて知ったのは、この4枚目のアルバム『Comfort in sonud』の事を、昔何かのCDを買った時に入っていた当時の新作情報のちらしを汚い部屋のどこかで見かけた時だ。
その2cm四方の小さな欄に、たしかこんな風に書いてあった「メンバーの死を乗り越えて完成させた新生フィーダーの光あふれた新譜」と。
当時、正直、今となればたいしたことないのかもしれないけど、人生どん底だと思っていた頃があり、毎晩バイト終わりには部屋でセブンイレブンの牛カルビ弁当と食し、酒を飲みながら、くるりの「ロックンロール」という曲を聴きながら号泣して、俺はなんて不幸なんだ悲しいよーと、ツッコミどころしかないしょうもない時だった。そんな時代に、ふとそのちらしを見て、彼らの事を知ったのだ。
私は音楽を聴く時に、一から時系列で聴くのが好きで、ちゃんと聴こうと思ったら、あたかも初めて彼らと出会った人のように彼らが世に出した順番できくことで、より彼らを理解できるに違いないと思っている。
だから、フィーダーの4枚目を最初に聴くよりも、まずその前をとことん聴いてやろうと思って、当時なぜか『comfort in soumd』を売ってなかったので、わざわざイギリスから取り寄せて買っていたこのアルバムを開けずに引き出しにしまっていたのだ。
ファーストからサードまでを時系列できき、その3枚で自分なりのベストアルバムを作るまで、ひたすら聴いた。
出来上がった自分1人フィーダーベスト「Early Best」と勝手に初期と決めつけたが、今思えばそれはあながち間違っていなかったのかもしれないが、とにかく体に馴染むまで聞いていた、いつその4枚目のアルバムを聴こうとしたのか特に決めていなかったので、その夜はいきなり来たんだな。
はぁ、振り返って、言葉にすると面白い。
真夜中に、ヘッドフォンで布団に入りながら聴いた。
一曲目の『Just The Way I'm Feeling』を聴いた時、それまでのフィーダーと違うと思った。
とても暗くて悲しいのだ。
グラントの声もこんなにも胸がギュッとつかまれる声だったっけ?
二曲目の「Come Back Around」
三曲目「Helium」
四曲目「Child In You」
と、聴きながら、
5曲目「Comfort In Sound」のイントロが流れた途端に涙ブワーとなってしまった時の涙で海の中から見上げてる景色のように外の街灯が入ってる仄かな光と闇の青さが絵具で書いたみたいに溶けている天井を今でも覚えている。
そのまま天井をずっと見ながら、聴き終わった時に、取り憑かれていた何かがいなくなって、優しい気持ちになれたのだ。何ヶ月ぶりに。
大袈裟のようだけど、フィーダーに救われたのだ。
と、まあおまけみたいに、このアルバムのブックレットのアルバムの裏表紙の絵が悲しみの理由だったものを自分も驚くくらいちゃんと書かれていて、運命じみたものを感じたので、そこにグラントにサインを書いてもらった。
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という感じで大切な音楽になったフィーダーは、
この「comfort in sound」がきっかけでした。
20年近くたちましたが、
フィーダーに教わったのは、
「人生色々あるけれど、とにかく歩くんだ」みたいなことだと思う。
彼らは1994年というグランジのアイコン、カートコバーンが亡くなった年に結成し、その後のミュージックシーンは、一気に広がり、そして最大公約数的なミュージックは終わりを告げたと思う、広く深く成りつつあるのに、ミュージックビジネスは、まだそこに追いついてないというか…
グランジの台頭と終焉、オアシス、ブラーの台頭、かたやアメリカはスマパン、ベック、レイジの台頭、2パック、ノトーリアスbigの出現から暗殺、ブラックミュージックがビジネスと結びつき始め、アラニスやピンク、ローリンヒル、ノーダウト、ガーベッジら女性アーティストの台頭、あとはやっぱブレイクビーツ、ビッグビート、ケミカルブラザーズ、ファットボーイスリム…
すごいよな、適当に思い出すだけでもすごい…
今にも繋がってる音楽がぶわわわっと細分化し、細分化が深化しだした1994年以降…
そんな中を2020年もグラントとタカはフィーダーを続けている。
そんな彼らを改めて聴こうと思ったのは、添付したミュージックビデオ。
フィーダーの20年前!!の代表曲『Just a day』を、新コロナ ウイルスの時代で自粛しているけど楽しんでるファンの映像で医療者達を応援するというので、PVをリメイクしたのだ。
元々『Just a day』は、B面曲でグランツーリスモというレースゲームで使われて大ヒットしたため、その時のPVはファンが家でノリノリで歌ってる、踊ってるPVだったので、今回も同じようなノリでファンの映像を募集したのだ。
で、で、これは絶対に受かるに違いないという確信に近い思いで、1000通を超える中で、めでたく受かりました!キャッホー!
という息子4歳、寝巻きで、部屋汚いですが、数秒使われました笑
父さんは、
公開日5/1の日本時間の深夜2時のプレミア公開を見ててさ、こんな世界で同じような状況下で、
みなの楽しそうな姿やっぱフィーダー最高だなーと単純に涙でてきて、君が出るの確信しながら見てるもんだから、ああどこに出てくるかなーと思いながら見てて、本当に出てきたからぶわーと笑いながら涙でました。
次の日の朝、家族で見た時、親はわらってましたが、本人は恥ずかしいのか、怒ってましたが、最近、彼はイヤイヤ期じゃないかとふと気づきまして(そういう奴だとおもっていた汗)、本人に確認したところ、違う!というイヤイヤ期特有の反対語をいただいたので、朝怒っていたのも、嬉しい気持ちの裏返しなんだと勝手に思ってますが…
とにかく、今後、フィーダーファンにあったら、俺は『Just a day 2』のPVに出たんだぜと言えるので、よかったね。
父さんのワガママに高めのおもちゃという条件で、丸一曲踊ってくれてありがとう。本当に、あなたが採用されたシーンは君自身が途中でアドリブ効かせてくれたとこだったね。君はいつも想像を超えるな素晴らしい!
とにかく、フィーダー本当にありがとう!