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バイデン政権の520億ドル半導体プログラム、トランプ政権への引き継ぎ

2022年に可決された超党派のCHIPS法案(通称:CHIPS and Science Act)は、第二次世界大戦以降、米国の産業政策としては画期的な規模といわれる約520億ドルの投資プログラムです。バイデン政権が目指していた国内半導体産業の抜本的な強化施策は大きな前進を遂げましたが、その実行体制がちょうどトランプ新政権に引き継がれるタイミングを迎えています。本記事では、これまでのCHIPS法案の成果や課題、主要企業の動向、政権交代がもたらす影響などを整理してお伝えします。



CHIPS法案の概要と背景

バイデン政権のCHIPS法案は、半導体の国内製造・研究開発を促進し、アジア地域への過度な依存を減らすことを目的に成立しました。全体で520億ドル規模の支援が用意されており、主に以下の構成要素から成り立っています。

  • 390億ドル相当の補助金(グラント)

  • 税優遇措置(25%の税額控除)

  • 数百億ドル規模の融資枠

バイデン政権下でこの基金を活用するための実務を担当していたのが、商務省のマイク・シュミット氏を中心とするチームです。すでに大部分の補助金割り当てが完了し、企業側も総計4000億ドルを超える投資計画を打ち出すなど、米国内における大規模な半導体工場建設ブームが進行中です。

一方で、半導体業界そのものが需要の変動や企業の経営戦略の見直しなどで不確定要素を抱えています。加えて、政権交代による政策の継続性への懸念もあることから、今後の推移に注目が集まっています。

半導体産業の重要性

スマートフォンや家電などの民生品から、軍事転用可能な先端技術まで、半導体は現代の産業・生活基盤を支える要。アジア、特に台湾や韓国への依存度が高いという現状は、サプライチェーンの脆弱性にもつながっており、国家安全保障の観点からも自国生産力を強化する意義が大きいと考えられています。


主要プレイヤーの動向

TSMC(台湾積体電路製造)

TSMCは世界トップクラスの受託生産(ファウンドリ)企業。アリゾナ州での工場建設が当初は遅れや設備調達の課題などに直面しましたが、最終的には本国にある比較工場を上回る成果をあげるに至り、商業生産が始まっています。今後は台湾で先端技術を先行導入したあと、米国にも展開する方針とのことです。

Intel

米国を代表する半導体メーカーであり、CHIPS法案の恩恵を大きく受ける見込みの企業です。オハイオ州をはじめ、合計4つの州で大規模投資計画(総額1000億ドル)を発表していました。しかし最近は需要低迷のあおりを受け、約15%の人員削減や投資計画の見直しが報じられています。さらにCEOの交代を経て、今後の戦略がどう変わるかも注目点です。

Samsung

韓国を代表するテクノロジー企業であり、先端半導体の製造から量産まで手がけるグローバルプレイヤーです。テキサス州への大規模投資計画を当初発表していましたが、金額規模を引き下げるなど、慎重な動きが見られます。一方で安全保障上重要とされる旧世代チップ生産強化に向け、米政府との協議を続けているとの情報もあります。


政権交代で予想される影響

CHIPS法案自体は超党派の支持を得ており、国防やインフラ面からも重要性が高いと認識されています。しかし、トランプ政権側からは法案内の一部規定(労働規則や環境要件など)を「社会的プロビジョン」とみなして撤廃を検討する可能性も示唆されています。

トランプ新政権の姿勢

大統領就任前、トランプ氏はCHIPS法案そのものを「非常に悪い」と批判し、関税の強化策を好む旨を示唆していました。ところが、商務長官に指名されたハワード・ラトニック氏は、バイデン政権からの引き継ぎ時に「法案を継続する」と表明しており、大きく方針転換があるのかは定かではありません。
ただし、同法案の最終契約条件に「違反時には補助金返還を含むあらゆる救済策が行使可能」とする条項が盛り込まれているため、企業にとっては厳格な管理体制が求められます。政権側がこれらの条項を見直すかどうかで、企業が策定している投資計画のリスクも変わりうる状況です。

議会からの視点

議会では、CHIPS法案の骨格となる「国内半導体強化」自体には幅広い支持がある一方、共和党の一部からは「社会要素」に関連する条項の撤廃を求める声もあります。今後、こうした論点に関する法改正や追加の指示が出れば、既に合意している企業との契約内容に影響が及ぶ可能性があると見られています。


投資家視点で捉えるポイント

バイデン政権時代の成果の継続性

企業への補助金交付や税制優遇は、既に20件の正式契約と14件の暫定契約が結ばれているとされています。ほとんどは優遇税制(25%)とグラント(補助金)のセットで進められ、実際に工場建設が始まっているケースも多く、これらが中断・取消される可能性は高くないという見方があります。
投資家としては、契約文書で定められた支給条件・モニタリング体制が今後の政権交代でどこまで変更されるのかを注視しておく必要があります。

Intelの先行きと米国半導体産業全体への波及

IntelはCHIPS法案の最大の受益者になると期待されていましたが、市場からの信頼低下、人員削減、投資スケジュールの後ろ倒しなど、不確定要素が大きい状況です。今後、経営戦略や工場運営方針が大きく修正される場合、米国内の半導体サプライチェーン戦略そのものに影響を及ぼす可能性があり、投資家にとっては目が離せません。

業界再編の可能性

記事中では、インテルとグローバルファウンドリーズ(GlobalFoundries)の関係について「一種の思考実験」として提起されているものの、具体的な買収や統合は想定の域を出ないという内容にとどまっています。ただし、米国政府は複数の企業への補助金配分によりリスクを分散していることから、仮にIntelに大きな変化があっても、全体のプログラムが崩壊することは避けられる可能性があります。

TSMCやSamsungといった海外企業の動向

米国内での生産拡大を求める政策に呼応して、TSMCやSamsungが進出を図る流れは続きそうです。特にTSMCは商用生産を順調に稼働させているとのことで、今後より先端のプロセス技術を米国に投入する計画を示唆しています。これらの動向が米国の先端技術・雇用創出にどこまで寄与するかは長期的な視点が必要ですが、投資家が注目すべきポイントであることは間違いありません。


まとめ

バイデン政権時代に始動したCHIPS法案は、米国の国内半導体生産を飛躍的に拡大させるために大きく寄与してきました。すでに企業との契約や工場の建設が進んでおり、インフレ対策や地政学的リスクへの対応としても、政治・経済双方から重視されています。一方で、Intelの経営不透明感やトランプ政権による規定見直しの可能性など、先行きには依然として変動要素が残るのも事実です。

投資家としては、政権交代による政策修正の度合いや、企業の投資計画の進捗状況を中長期的な目線でウォッチすることが求められます。半導体は国防と産業の生命線ともいえるため、今後も米国に限らず世界各国で同様の政策が進む可能性があります。グローバルな視点で戦略を立てるうえで、今回のCHIPS法案の行方は引き続き大きな注目点となるでしょう。

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