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その薬

 そのピンク色の錠剤は、ピル程に小さく、何の変哲もないものだった。Barのカウンターに置かれたその薬を見て、そういえばディスカウントストアのパーティーコーナーで見たな、と、ピンクライトのふざけた売り場を思い出していた。
 「身体の部位名を書き記したオブラートで、この薬を包んで飲むと、書かれた部位が小さくなるらしいよ」
 隣でトマトまみれのブラッディメアリーを飲みながら酔っ払ったセフレが、真面目な口調で語り出した。感度が増す薬、とか言い出すならまだ現実味があってギリついていけるかもしれないが、小さくなるって・・・。現実味がなさすぎて、少し呆れてしまった。
 「試してみなよ。」取り敢えず話に乗っかってあげようと、精一杯の優しさと思いやりを発揮して、専用のオブラートを取り出す。たまたまカバンに入っていたボールペンで『目の下のホクロ』とだけ書き記し、ピンク色の如何にもな薬を包んで彼に渡した。
 「えっ、俺が飲むの?」
 「そりゃあそう。」
 人を実験台にしようとしていた魂胆にドン引きする。ホクロなんて優しい部位をひっぱり出したが、『胃袋』とか『⚫︎⚫︎⚫︎』とか書いてやればよかった。

 飲まない為の言い訳を散々並べた後、彼は渋々、薬を飲んだ。

 数秒後、彼は「痛い」と言いながらホクロの付いた頬を抑えながら悶えていた。頬から謎の煙が上がる。
  2~3分くらい経っただろうか?煙が消えた。痛みも治ったらしい。再び彼の顔を見ると、ホクロのサイズが以前より小さくなっていた。
 「薬、効いてるよ。」私は彼に鏡を渡す。実は半信半疑だったらしい彼は、鏡を覗き込みながら、しばし、開いた口を野放しにしていた。


 休日の朝、彼の家に泊まっていた私は、裸でベッドの上に横たわっていた。隣には、いつものあの男。事を終えた彼の身体は、少し火照っていて、抱き心地がよかった。

 彼のスマートフォンが鳴る。電話口からは、甘ったるい女の声が聞こえてきた。

 電話を切った彼が私に衣類を押し付ける。
 「この後彼女が来るみたいだから、帰ってくれない?」
 幾度となく言われたセリフだが、毎度むしゃくしゃする。私はキッチンに向かったついでに、オブラートと例の薬を白湯に溶かした。ベッドに腰掛ける彼にマグカップを差し出す。オブラートには『足、手、⚫︎⚫︎⚫︎』と書き記していた。

 「じゃあね。」素直に部屋を出て戸を閉めたと同時くらいに、彼の叫び声が聞こえてくる。今頃骨が溶けてるんだろう。切り落とされなくて済んでるんだから、優しいじゃないか。

 歩けなくなればいいんだ。そう思いながら、顔を上げてでこぼこのコンクリートの上を歩いていた。処理を放棄された犬のフンが、雨上がりの湿気とともに、強烈な匂いを放っていた。


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