見出し画像

Hello World

 コーヒーの雫がマグカップから滴り落ち、机の板上を走って、机の足を転がり落ちる。その雫は赤い絨毯を茶色く染め上げた。
 やがてそれは茶色い水たまりとなり、どんどん深さを増していく。

 水たまりは徐々に広がって池となり、やがてそれは決壊した。

 池から溢れ出た、かつてコーヒーだった液体は、フローリングの木目の上を、まるでジェットコースターのように走り始める。
 ベッドの木柱へと辿り着いた液体たちは、柱の中に吸い込まれ、その姿を消してしまった。

 部屋を飛び回っていた一羽の鳥が、ベッドの枕元にフンをする。

 鳥のフンが乾いた頃、家主はそのベッドで昼寝をし始める。大量の涎が、乾いたフンを再び濡らした。

 朝日が差し込める。かつて鳥のフンが落とされたベッドの枕元から、色の濃い双葉が芽を出した。
 その芽はグングン成長し、少し茶色味のかかった色の、大きな花を咲かせた。
 花の中央には、妖精らしき者が、すやすやと眠っている。

 一匹のミツバチが、枕元の花を横切る。すると、羽音に驚いた妖精らしき者が、びっくりした様子で目を覚ました。
 一心不乱に逃げる妖精らしき者。
 後を追うミツバチ。
 前を見ずに飛んでいた妖精らしき者は、PCの電源ボタンにぶつかって気を失った。鳴り響く起動音。
 急に止まれなかったミツバチが、PCの元電源が繋がるコンセントにぶつかって火花が散る。

 PCの中に入ったその火花は、都度ワタボコリにぶつかりながら、本体の内部を駆け抜ける。そして、小さな突起のような、ボタンのような物を踏みつけた。

 壊れたような怪しい機械音が鳴り響く。

 PCのモニター画面が、青くなり、黒くなり、やがて白くなった。
 しばらくすると、画面には一行の文字が写し出される。
 ”Hello World”

 「ただいまー!」
 帰宅した家主がPCの画面に目を向ける。
 数秒後に状況を理解した彼女は、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
 
 作業データ、全部飛んだ・・・。

 ベランダに佇む一羽の鳥が、怪訝そうな目で、部屋の様子を眺めていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?