[無料]夏山を歩くための基礎知識2『低体温症編』
夏山のリスク、その2は低体温症です。夏に低体温症?凍死のことでしょう?なに言ってるの?夏だよ?暑いでしょ?と思うかも知れませんが夏でも条件が揃えば低体温症になります。
低体温症とは?
昔は疲労凍死と呼ばれていたようですが、今は低体温症という名前になっています。
『通常は37.5℃程度ある身体深部の体温が下がることで起こるさまざまな症状の総称』であると定義されています。最初は震えている程度ですが、やがて行動不能になり最後は死にます。
低体温症の段階
低体温症には大きく3つの段階があります。体温が下がるほど進んでいきます。
1.寒気、震え、緩慢な動作
寒さを感じて震え、歩くのが遅くなってきます。この時点で深部体温は35~36℃です。ほんの1,2℃落ちただけでも身体能力は大きく落ちます。出来ればここで対処してください。
2.激しい震え、会話が困難、錯乱や無関心
震えが激しくなり止まらず、歩くのが遅くなるだけでなくよろけたりします。ろれつが回らず会話が困難になり、時に無関心、時に錯乱します。これで深部体温は34℃程度です。たった3.5℃体温が下がっただけで人はポンコツになります。
ここまでで気づかずに放置すると山中では致命的になります。
3.震えなくなり意識が薄れ、意識不明、行動不能
深部体温が34℃を下回り32℃以下になると行動不能です。もはや震えもなくなり意識を失い、瞳孔が大きくなり、心室細動などを起こしやがて心肺停止となります。
状況によっては短時間で急速に発症し、止めるまもなく動けなくなってしまうことがあります。出来るだけ早期に発見し、対策をすることが肝要です。
低体温症の要因
低体温症という名前から連想する通り、『寒さ』が主な原因となって起こります。主な『寒さ』の要因は4つに分けられます。
低温
一般的にイメージされる寒さと言えば低温でしょう。夏より秋や冬が寒い、日中より夜や早朝が寒い、平地より山の方が寒い(※)、晴れより曇り、雨の日のほうが寒い、関東よりも北海道のほうが寒い。条件によって気温は大きく変わります。
※標高100m登ると気温は0.6℃下がります。
濡れ
濡れる原因は汗、雨や雪、渡渉(沢を渡る)、池や川などに落ちた、などでしょう。
気温が同じなら体や衣類が濡れていた方が寒いのは当たり前ですよね。空気より液体の水のほうが熱伝導率が大きく、更に気化熱でも熱を奪われます。濡れた服を着ていると体がよく冷えます。
風
同じ気温なら風が吹いていたほうが寒くなります。一般的には風速1m/sで体感温度は1℃下がると言われています。厳密には気温によって変わるけど大雑把には『風速1m/sで体感温度は1℃下がる』で覚えてください。
疲労、カロリー不足
以上の条件に加えて疲労やカロリー不足も低体温症の要因になります。体内に蓄積された脂肪だけをエネルギーに変えるには時間がかかるため、急な低温に晒されるとエネルギー化が間に合わず体温が下がってしまいます。
以上の様な条件が揃ってしまうと、真夏の山でも低体温症になることがあります。
夏の低体温症
例えば、平地の気温が30℃の日、標高2000mの気温は18℃。風速10m/sの風が吹けば体感温度は8℃。これで体が濡れていたり防寒具が不十分だったり、あまり食べておらず体温が上がらなかったするとかなり寒い思いをします。
寒い思いだけならいいのですが、これで事故を起こして長時間動けなくなり、更に風が強くなったり雨でも降ってきたら本当に低体温症になってしまいます。
真夏でも山に登れば低体温症になるリスクがあります。ご注意ください。
夏の低体温症対策
雨具、防寒着はいつでも必須
真夏の晴れた日に山登るのになぜ雨具や防寒着がいるのか?要らないでしょ?重いし家に置いてこようなんて思うかも知れません。でも、突然の雷雨だってあるので雨具は絶対にいつでも必須です。
こんなに暑いのに防寒着?って思うかも知れませんが濡れた時にシャツを脱いてフリースやパーカーを着替えとして使えます。濡れた服は寒いし不快でしょう。着替えがあるといいですよね。
怪我をして動けなくなり翌日は雨が降って寒かったとしたらどうしますか?遭難した場合は当日だけでなく数日、悪ければ1週間以上の天気と向き合うことになります。ずっと晴れているとは限りません。
綿の衣類はダメ、絶対
登山の基本中の基本ですが、綿のTシャツやジーンズを山で着ないでください。綿は濡れたら乾きにくく、体温をぐんぐん奪います。本当に死にますよ。麻も同様の理由でNGです。化繊かウールの衣類を選んでください。
ドライレイヤーは有効
『ドライレイヤー』という薄手の下着が寒さ対策に有効です。汗を素早く上の衣類に移して発散させる効果があります。濡れた服と肌が直接触れないので汗冷え防止に有効です。私は半袖、長袖、冬用の厚手など複数を持って1年中着ています。
ちょっと高いと思うかも知れませんが、汗冷え防止効果を考えれば適正かむしろ安いと感じます。特に、ザックを下ろして休憩し、再度背負うときの背中の冷たさが違います。
休憩中は上着を着ましょう
行動中は体を動かしているので暖かいのですが、休憩などで止まると少しの風でも体が冷えます。冬の登山でもそうですが、夏山でも必要に応じて上着を着てください。面倒に感じますが、そのひと手間が安全に繋がります。休憩が終わったら上着を脱いで出発します。
また、休憩をする場所は風や雨を除けられて落石や滑落、荷物の喪失を起こさないような場所を選んでください。
ツエルトやエマージェンシーシートを持ちましょう
パーティーに1つは必須、出来れば個人で1つ持ったほうがいいのがツエルトです。簡易テントですが、悪天候時や行動不能時に被るだけでも外界と遮断できて風や寒さ、雨から身を守れます。要救助者をツエルトでくるんで搬送したりもします。
当然いざという時に使えなければ意味がないので講習を受けるなどして使い方を練習しましょう。ツエルトに1万円も出せない!という方はせめてエマージェンシーシートを持ってください。
使う時は生死を分けるときなので、僕なら1万円くらい惜しくないですが。ツエルトはちゃんと張ればテントとして使えるので便利ですよ。
リーダーは火器も持ちましょう
使わないとしても火器は持っていたほうがよいです。特にリーダーは火器くらい持ちましょう(※)。火器があればお湯が必要な時に沸かすことが出来ます。沢の水でも煮沸すればお腹を壊さず飲めます。
※リーダーは他にもレスキュー用にロープや多少のクライミングギア、ファーストエイドキットなどを持ちます。リーダーの装備の大半は『事故が無ければ使わないもの』です。
天気予報が悪かったら中止しましょう
今どきの天気予報はよく当たります。特に、人が死ぬような悪天候はよく当たります。天気予報を見て「とても天気が荒れるから注意しろ」と言っていたら、本当にとても荒れます。そういう時は登山の中止も検討してください。
ただ、慎重になりすぎても山には登れません。雨の予報でも登山口まで行ってみたら晴れてたなんて事もあります。行ってみて、そこでまた天気図や雨雲レーダーを見て判断するのもよいでしょう。
それでも台風が来る予報なら最初からやめておくのが正解でしょうね…。
条件が悪くなる前に撤退しましょう
強風や雨、みぞれなどに見舞われたら、出来るだけ早いうちに判断して撤退やエスケープを選んでください。強風に吹かれる時間が長いほど状況は悪くなります。
特に、風が吹き抜けるコルや稜線で長時間風雨に晒されると危険です。途中で誰か動けなくなって停滞することになったら安全に撤退できるかをよく考えてから進んでください。動いているうちは温かくても、停滞した途端に冷えて複数人が低体温症になる場合があります(※)。
できるだけ早く風が弱い樹林帯やあれば避難小屋や山小屋、登山口などの安全地帯を目指しましょう。当然計画時点でどのようにエスケープするかも考えておいてください。
※よくある低体温症の大量遭難は、誰か1人が動けなくなったあと連鎖的に他のメンバーも低体温症などで動けなくなっています。
しっかりカロリーを摂りましょう
一般的には、行動食や食事で炭水化物を摂取し、足らない分を体脂肪で補うという考え方で食べ物を接種します。行動食は飴、せんべい、チョコレート、おにぎり等を休憩するときや歩きながら口に入れます。
摂取カロリーが足らないと熱の産生が滞り体温が上がりません。
なお、体を慣らして炭水化物を摂らなくても登山できるようにしている人もいます。そういう人は超人の類だったりするので真似はほどほどに。一般的には脂肪を燃やすために炭水化物が必要とされています。
低体温症になってしまったら
出来るだけ早い段階、意識がはっきりしていて震えている程度の段階で対処してください。
・防寒着や雨具などを着てもらいます。休憩まで我慢などせずすぐ着る。
・服がびしょ濡れで着替えがあれば替えてもらいましょう(ただし風雨の中で着替えるのは無理なので状況を考えてください)。
・温かくて甘い飲み物を飲ませる。
・お湯を入れたペットボトルで手や足の先、脇、鼠径部などを温める。
・ツエルトやエマージェンシーシートでくるんで保温する。
歩くのが遅くなったり言動がおかしくなってしまったら本当にヤバいので、そこまで進行させないよう、早めに手を打ちましょう。
もし歩けない程度まで進行してしまったらすぐに救助要請を出してください。
真夏のトムラウシ山遭難
夏の低体温症遭難で最も有名なのは2009年7月に起きたトムラウシ山遭難でしょう。北海道とはいえ真夏の7月に10名の登山者が低体温症で亡くなっています。
上記のヤマケイ文庫もいい本ですし、下記の事故報告書も登山者必読の内容です。
なぜ遭難が起きたのか?なぜ夏の山で低体温症になったのか?低体温症とはなにか?対策は?など、ここまで書いてきたことが更に詳しく書かれています。この報告書が無料で読めるのはすごいことです。
これらをよく読んで、同じ悲劇を繰り返さないようにしてください。
まとめ
・夏でも低体温症になることがあります。
・低体温症は早めに対処しないと死にます。
・しっかりした装備、余裕のある計画、低体温症に関する知識が大事です。