匿名か実名顔出し、どちらにすべきか?医療者向け情報発信戦略
最近、医療者でブログやSNSなどを通して情報発信したい、と考える方が増えています。
しかし、
「匿名(ペンネーム)にすべきか、実名(+顔出し)にすべきか?」
と悩む方は多いのではないでしょうか?
「実名には様々なリスクを伴うため匿名の方が安心だが、実名顔出しの方が自分への信頼性は高まりそう」
と考える方も多いかもしれません。
実は、実名・匿名のメリット、デメリットはそうシンプルなものではないと考えています。
この記事では、最初は匿名で始め、その後実名で活動している私から、医療者向けにその両方のメリット・デメリットを紹介します。
私が2017年5月にウェブサイトを初めて開設した時、「武矢けいゆう」というペンネームで記事を書いていました。
「たけ」「や」「けい」「ゆう」はそれぞれ、私、妻、息子、娘の四人の名前の一部です。
そうした匿名での情報発信を約1年半ほど続けたのち、実名顔出しに変更しました。
現在は「けいゆう」(息子と娘の名前の部分)という名前をSNSのアカウント名として使っていますが、ブログ記事や外部メディアの連載記事は実名で書いています。
雑誌の取材や講演、テレビ出演の依頼なども実名顔出しで受けています。
こうした経緯で思うことは、
「実名と顔を出したことによってできることは増えたが、できないことも増えた」
ということです。
実名のデメリット①:患者さんからの視線
まず、実名で活動することのネガティブな側面から書いてみます。
一つ目は、当然ながら普段直接的に接している患者さんからの目を意識せねばならないということです。
実名であれば、患者さんは自分の担当医の院外での活動を容易に知ることができます。
検索をかければ、週末に講演したり、夜中にSNSをしたりブログを更新したりしていることも簡単に分かるでしょう。
自分の健康問題で悩む患者さんにとって、医師が(自分以外の)一般市民への情報発信に注力する姿は、多少のリスペクトに値するかもしれないものの、「自分ごと」として喜ぶようなものではないでしょう。
「そんな暇があったら本業に集中せよ」と思う方もいるはずです。
実際、私の元にもそういうコメントが飛んでくることはあります(どちらかというと同業者からの方が多いように思いますが)。
私ももちろん「日常診療が第一優先」ということに対しては揺るぎない信念を持っています。
しかし、様々なツールを使って、病院に来ない人や将来病院に来るかもしれない人に情報提供を行うことも、医師だからこそできる大切な仕事だと感じています。
ただ、こうした活動の動機を理解してほしい、と望むのは傲慢でしょう。
こうした点で、心理的な制限があることは否めません。
実名のデメリット②:組織に悪影響を与えるリスク
勤務医の場合、当然勤め先の病院があります。
医師であれば、医局に所属しているケースもあるでしょう。
所属先を明かすことで、個人の意見が、組織全体の総意と解釈される可能性があります。
これにより、組織の他の方々に迷惑をかけてしまうリスクがあります。
私はまだ経験していませんが、発信内容に対して病院に苦情が来た、というのはよく聞く話です。
私は個人で発信しているだけで、ブログにも、
「本サイトにおける主張は私個人のものであり、所属団体とは一切関係ございません」
と明記しています。
しかし、「情報を受け取った相手がどう解釈するか」まではコントロールできません。
所属を明かす以上「組織の総意だと解釈されるリスクがある」という認識と、リスクマネジメントは必要です。
つまり、「万が一組織の意見だと捉えられても、他の人たちに迷惑がかからない」と思える情報しか発信できないということです。
常に覚悟と恐れを持って発信することになり、制限は大きくなります。
その点、実名も所属も明かさずに発信していた頃は自由でした。
こうした恐れなく、思うままに発信することができたからです。
では、逆に実名のメリットとは何でしょうか?
実名のメリット①:実在することへの信頼
実名のメリットは、やはり「実体として存在を確認できること」が、信頼性につながる可能性があるということです。
実名なら、その人の名前を検索すれば、本業でどんな医療者であるかを知ることができます。
出身大学や職歴だけでなく、専門医資格、学位、論文や学会発表などの業績も容易に分かります。
ReserchmapやGoogle Scholarのようなツールを使っていれば、その人の実体は全て分かります。
こうした業績は興味の対象ではないという人の方が多いとは思いますが、発信する側としては、こうした拠り所があることは心の支えになります。
また、実名、所属を出し、顔を出して発信しているということは、受け手から見ても、覚悟を伴った行為と捉えられます。
医療に関する情報は、受け手の健康に直接影響を与える可能性があります。
受け取った情報を行動変容に繋げるかどうかを考えた時、「実在する医師が発信している」ということ自体が、信頼性の観点から大きな役割を果たす可能性はあると思います。
ただし、「信頼性が高いと思われやすいこと」と「実際に信頼できること」は別問題、ということに注意は必要です。
実名で顔を出している医療者が、必ずしも医学的根拠に基づいた、信頼性の高い発信をしているとは限りません。
むしろ根拠に乏しい我流の理論を発信する専門家の方が、「信頼されやすいこと」を有利と考えて実名・顔出しで活動する傾向はあります。
これは医療に限った話ではないでしょう。
どの分野の専門家でも同じです。
また、TwitterのようなSNSでは、実名だろうと匿名だろうと、その発信した情報が信頼できないものであれば、多くの専門家から批判を受けます。
逆に、そうした批判をくぐり抜けて生き残っている人たちは、それだけの信頼性を有しているわけです。
時間をかけて築き上げた信頼性の高さと、「実名か匿名か」は直接関連しません。
実名であっても信頼を失うのは一瞬です。
信頼性を獲得し、それを維持するために努力を続けねばならないのは同じです。
逆に匿名でも、その情報発信に大きな信頼を置かれている人たちは多くいます。
実名のメリット②:発信チャンネルの拡大
実名のもう一つのメリットは、発信チャンネルが拡大しやすいということです。
ブログのような自作メディアで情報発信していると、徐々に「ブログを読まない人には決して声が届かない」という事実に悩み始めます。
大きなメディアや紙媒体で文章を書いたり、実地に出向いて話したり、といったことでしか声の届かない人たちの方が多いからです。
しかし、こうしたプラットフォームで発信するには、当然媒体運営者から信頼される必要があります。
特に、医療に関する情報はセンシティブです。
メディア側としても、どこの誰か分からない人よりは、実名と所属が明らかな人に依頼する方がリスクが少ないと感じるでしょう。
また、医療に関する情報に興味を持つ人は、自分の健康が気になり始める中年〜高齢の世代に多いと思います。
SNSに慣れた若い世代なら匿名(ペンネーム)への抵抗感は少ないと思いますが、年配の方々は、そう簡単には受け入れられないでしょう。
(もちろん医療ど真ん中ではないジャンルでは匿名(ペンネーム)の医療者が書籍出版しているケースは多々ありますし、「所属は明かしているが執筆はペンネームで」というケースももちろんあります)
情報発信する医療者にとっては、より多くの人に声の届くプラットフォームで発信できることは、大きなチャンスです。
こうしたチャンスを広げる意味では、「実名に分がある」と言ってよいだろうと思います。
役割分担が大切
以上のように、私は「実名・匿名のどちらがいいか」ということに対する答えはシンプルではないと考えています。
個人の好みや、活動範囲に応じて選べばよいと思います。
ただ、少なくとも「どちらも必要な存在だ」とは言えると思います。
「匿名だからできること」も「実名だからできること」もあるからです。
それぞれがバランスよく存在し、お互いがうまく役割分担できれば、情報の受け手にとっての利益は最大化されるでしょう。
なお、私はこうした活動をする中で、後輩の医療者から発信の方法について相談を受けることがよくあります。
「実名か匿名か」といった質問や、所属組織との関連に関する質問もよくあります。
もし困ったことがあれば、遠慮なくご質問ください。
私で良ければ、アドバイスさせていただきます。
なお、ブログで本格的に情報発信したい、という方は以下のnoteをお読みください。
全てのノウハウを詰め込んでいます。