見出し画像

第3章「結実」〜新書「正しい病院のかかり方」ができるまで

2019年11月28日に新書「医者が教える正しい病院のかかり方」を出版しました。本連載は、この新書の企画段階を振り返り、その執筆の動機を語ったものです。

(第2章はこちら)

中山祐次郎氏との打ち合わせは、毎回京都大学医学部のキャンパス内で行われた。

彼も私も、京大の大学院生だからだ。


彼は私と会う時、いつもMacBookを持参した。

そこにアイデアを書き込んでいく。

またLINEのノート機能を使い、共有の掲示板としてお互いの思いついたネタを出していく。


病院や医者の利用法について、みんなが知りたいことを全部書こう。

医者が書く「病院のかかり方マニュアル」だ。

これ、すごく便利じゃない?

ちょっと待って、類書あるんじゃないかな。


そう言って彼はスマホを繰り、

「似たコンセプトの本があるね。よし、これ買おう」

と言って即座に購入していく。

彼の自腹である。


余談だが、彼の書籍がベストセラーになったり、彼がnoteで有料マガジンを始めたりすると、毎度のように「金のためか」と彼を批判する人が現れる。

だが、念のため言っておくが、彼はあまりに金に執着がない。

金離れが良すぎるほどに良い。

少なくとも、私が初めて会った昨年夏の時点で、貯金はゼロであった。

若手勤務医はたいてい薄給なのだが、それにしても珍しい。

心配になるほどである。


話を戻そう。


とにかく、

「病院をどのように利用すればいいのか」

という、老若男女、誰にとっても重大すぎる「ノウハウ」が、人生において一度もレクチャーされない、という衝撃的な事実に私たちは気づき始めていた。


病院に何を持っていけばいいのか?

どんな時に病院に行けばいいのか?

どんな服装で受診すればいいのか?

医者との相性が悪い時はどうすればいいのか?

病院で処方される薬と市販薬をどう使い分ければいいのか?

風邪を早く治すには病院に行く方がいいのか?


こんな簡単なことですら、体系的に教わる機会がない。

いや、「教わる機会がない」は語弊がある。

誰もが、家族や友人、週刊誌やインターネットから、なにがしかを「教わって」いるだろう。

多くの人が、これらから得た「不確かな情報」を根拠に、病院や医者を利用しているということだ。


病院にかからずに一生を終える人はいないはずなのに、その「かかり方」は正しく周知されていない。

おかげで多くの患者が損をしている。

そして、このことに危機感を抱く一部の医師たちは、さまざまな方法を使って熱心に啓発している。

SNSやインターネットは、その最たる手段の一つである。


だが、病院にかかる世代の多くは中高年以上であり、高齢者だ。

現在、70歳以上の高齢者は人口の1割だが、かかる医療費は全体の3分の1を占める(*)。

彼らの情報源は、新聞であり、テレビであり、週刊誌であり、そして、書店に平積みされた健康本である。


だからこそ、「本で発信する意味」がある。



彼と出会ってから約3ヶ月後。

企画書が完成した。

そこからはトントン拍子に話は進んだ。


2018年12月、幻冬舎新書の編集者、小木田順子さんと、ホテル「グランヴィア京都」のカフェで初めて会った。

のちに私も千駄ヶ谷の本社を訪問し、打ち合わせを繰り返した。


非医療者の視点から原稿をチェックされる、というのは、医師にとって大変重要な機会になる。

私が明言を避けたりお茶を濁したりしたところは、敏腕編集者に全て見抜かれた。

加えて、「私は書かなかった(書くのを避けたかった)が、読者層を考えるとニーズが高い」と考えられる項目の追記依頼もあった。


「週刊誌でよく、

『高血圧の基準が次々に下げられるのは製薬会社の陰謀だ』

『コレステロールが低いとがんになるからコレステロールの薬を飲んではいけない』

という話が出てきますが、反論はありますか?」


「血液検査でがんを診断できない、というのは理解した。

でも『(定期的に)病院にかかって血液検査もしていたのにがんが分からなかった』というのは、患者側からしたら『医師が専門バカ』か『目先のことしか見えていなくて全体への配慮が欠けている』と思えます。

いかがですか?」


実に手厳しい。

だがこれは紛れもなく、読者が抱きうる疑念を先回りして教えられているにすぎない。

読者が不完全燃焼で終わってはならないのだ。

著者が完全燃焼するだけでは意味がないのだ。


私は一つ一つ、答えを書いた。

最終的に、伝えたいことは60項目に集約された。


約270ページの原稿は、何度も読み直した。

読み直すたび、修正を繰り返した。


そして2019年10月中頃、「発売日が11月28日に決定した」との連絡があった。

だが、告知はペンディングにした。

以前出版した医学書「初期研修の知恵」のプロモーションとして、

「表紙案が決まった」

「○月に予約開始予定」

などと告知を小出しにして繰り返し、企画そのものが飽きられてしまったという実感があったからだ。

SNSでは、繰り返しの宣伝に辟易したフォロワーの方もいらっしゃったと思う。


今回の新書は、予約開始になってから、1回限りの告知にする。

そう決めていた。


そして11月7日。

私はTwitterに以下の投稿を行った。

この投稿は瞬く間に拡散し、インプレッション数(閲覧数)は40万回を超えた。

その日のうちに、Amazonの売れ筋ランキングで「病院・医者」カテゴリーで1位、新書全体で5位、一時は全ての本の中で20位まで上昇した。


そして11月25日。

発売前重版が決定した。


何とか、この本が多くの人の手に渡ることを願いたい。

病院や医師と上手に関わることで、多くの人のストレスを減らしたい。


読者本人のためだけではない。

ご家族に高齢者を持つ方も大勢いらっしゃるだろう。

そういう高齢のご家族に付き添って、病院と濃厚に関わらねばならない人がたくさんいる。


私の本がそんな方々の支えとなれるなら、望外の喜びである。


誰もが病院に行く前に、

知人に相談する前に、

そして "ググる" 前に、

書棚からこの本を取り出し、

知識を確認し、

心を落ち着けてはくれまいか。

そんな、妄想でしかなかった私の想いが、今ここに結実した。

<完>