彼が現れたのは、本当に突然のことだった。
その日、私は買ったばかりの野菜たちを台所で洗っている真っ最中だった。
前日に見た料理動画、”豚肉とレタスのうまみ蒸し”のせいだった。
ずっと頭から離れないステキな響き、
”うまみ蒸し”
頭から離れない豚肉もレタスも、決断すれば大人しくなる。
『明日のランチはうまみ蒸し、だ 』
そうして次の日の朝、早起きした私は肉屋と八百屋へと出かけて、お目当てを手にする。なんだか気分がいい。
今日はいいことがありそうだ。
買ったばかりの野菜達は、冷蔵庫に入れる前に一度洗う。と言うのも、ここアルゼンチンでは、野菜の鮮度やクオリティは良いのだが、とにもかくにも衛生面がよろしくない。
地方から首都圏に向かう列車の最終車両で、床一面に野菜を広げてビニールで小分け作業をしたり、箱に詰め替えている光景は何度も目にした。列車の床はもちろん皆が土足で歩き回っている。そんな光景を目にしてから、買った野菜は全て洗ってから保管するようにしている。
ただ、レタス類は難しい。
ヒラヒラの葉っぱの全てを、使う前に洗うわけにはいかない。
この日は、”うまみ蒸し”の為に買ってきたわけだから、冷蔵庫に入れる前に数枚をちぎり、冷蔵庫にしまおうとした
その時だった、
彼が、突然現れたのは。
三月からずっと続く謹慎生活で、1人に慣れきってしまっていたから、突然やって来た彼に心底驚いた。と同時に、懐かしさが胸を駆け巡った。
私の頭は小学生の頃へと遡り、あの頃の思い出に浸る。
『随分と長いこと、会っていなかったね』
彼は恥ずかしそうに、少しもじもじとしていた。
(今まで頑張ってきたけど、もうどこにも行くところがないんだ)
そう言っていたのか、いないのか…
あまりに小さくて私には上手く聞き取れなかった。
びっくりして少し動揺した心を落ち着けたい。
とにもかくにも、まずはごはんを食べよう。腹が減っては、いい案も出ない。
素晴らしい出来だった。
ジューシーな肉。レタスから出た水分が肉をふんわり柔らかくする。胡麻油がアクセントとして効いていて、なんとも幸せなランチ。
彼はといえば、何も食べたくないと、黙りこくっていた。やはり、行く宛がないことへの不安でいっぱいだからなのだろう。
確かに…今の彼に行き先はない。
外出禁止令もあるから、私も彼に新しい家を紹介したり、友人の家へ連れて行くこともできない。かと言って、放ってはおけない。
“仕方ない。しばらく一緒に住むか。”
しばらく考えての決断。
一緒に住むとなると、ベッドがいるし、プライベートスペースも必要だな。ごはんも余分に買わなきゃ。
決めたとなると、しなくてはいけないことがどんどん出てくる。でも、なんだか少しワクワクしている自分がいた。
彼はといえば、一緒に住むことが決まったと安心したのか、食欲も戻ってきた様子で、遅めのランチを食べている。
良かった良かった。
こうして私たちの奇妙な同居生活が始まった。
[画像が苦手な方はごめんなさい]
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小学生ぶりの再会?
イモムシ。
レタスの中から出てきました。
正直、ヤツがポロリとレタスから出てきた時は、ぎょえー!
蝶か蛾かは、わかりません。
どちらにしても、こうして一生懸命生き伸びてきたイモムシ。殺すことはできないし、近所に畑も無いので、無事に蝶か蛾になるまで一緒に住むことにしました。
プライベートスペース(インスタントコーヒーの空き瓶)と、ベッド兼食事(レタス)を完備。
突然の同居人、イモ太。
無事に大きくなっていきますように。
読んで下さり、ありがとうございます。 サポート、とても嬉しいです。ありがとうございます。