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今年のアルゼンチンタンゴ世界選手権に対する私の想い。
毎年8月は、ここブエノス・アイレスが最も華やかで賑やかになる季節の一つだ。二週間にも及ぶタンゴのフェスティバル行われるからだ。
期間内はコンサートやレッスン、映画の上映やショーなどが、市内にある美術館や劇場などで毎日開催される。
タンゴの世界選手権も、このフェスティバルのプログラムの一つである。この時期は、世界中からタンゴファンやダンサーがブエノス・アイレスへ集結、街は一層熱気に溢れる。
世界選手権はサロンタンゴ、ステージタンゴの2部門からなり、それぞれに世界チャンピオンが決まる。
私も2015年からサロン部門に挑戦してきました。
[予選と準決勝の行われるUsina del Arte]
そんなタンゴの世界選手権、今年はコロナの影響により開催がないと思っていたら、開催時期の間際になって突然、オンラインで開催するという。開催期間は8月26日から8月30日。
大会は、各選手が事前に発表された曲で踊ったものを録画したビデオ、を判定するらしい。
今回のフェスティバルの開催にあたっては、様々な議論が沸き起こり大騒ぎとなったが、その内容についてはここで書き出すとキリがない。
ということで、今回は、
”今年の世界選手権へ対する私の個人的な想い”
を書きたいと思う。
はっきりと一言で言うと、
ビデオでのタンゴの世界選手権は、意味がない。
特にサロンを踊る者としては、ビデオでの判定ってなに?という想いが拭えない。
アルゼンチンタンゴは、”即興の踊り” である。
普段、皆が楽しんでいるミロンガでは、その日に初めて出会った男女が、その時かかった曲で踊る。
選手権では、サロン部門、ステージ部門と分かれているが、サロン部門では10組のカップルがロンダと呼ばれる輪を作り、反時計回りに常に移動しながら踊る。一回に三曲を踊るのだが、その曲もステージに入場してから直前に発表される。
まさに ミロンガのような”即興” なのである。
この時、技術の高さやミュージカリティが審査の対象になるばかりでなく、楽団や曲の違いをいかに踊り分けるのか、アブラッソや、カップル間の空気、そしてロンダを形成する他のカップル達と協調しながら美しく回していくのか、など様々なポイントが審査の対象になる。
それが、ビデオ審査?
曲は事前に発表された一曲を使う。もちろん各個人が録画したビデオ、ロンダもない。
何度でも取り直しや編集のきくビデオ。全く即興性などなく、1組だけではロンダの美しさもわからない。アブラッソやカップル間の熱も、もちろんわからない。
体裁よくまとめられたビデオから、一体何を判定しようというのか。
踊りは生き物だ。
そんな中、近くに住む友人ダンサーが声をかけてきました。即席になるけれど、こんな状況だし家も近い、この世界選手権に出ないか?と。
[Usina del Arte / la Boca]
丁寧にお断りをしました。
話を聞くと、第一にこの状況の中、生活に少しでもお金が必要なこと。それから、今回は参加者が少ないであろうことは明白、話題になる。自分の名前や踊りを少しでも世界に広める一つの手段になる、というのが理由だそう。
彼は私と同じく海外から移り住み、ダンサーとしてタンゴのみで生計を立てており、現在の状況は仕事も踊る機会もなく、非常に厳しい。
少しでもお金を手に入れたい、 というのは、わからなくもありません。世間に名を広めることも。私も同じ状況です。
私個人としては、
“プロとして、今回の選手権で世間に名を広めて何になるのか。そして、この選手権でチャンピオンになったとしても、色んな意味で真の世界チャンピオンではない。そんな中でもし、選ばれたとして、心から誇りに思えるのか?”
…私は思えない。
どんなに苦しくても、タンゴを愛し、タンゴで生たいと思うから ”何でも良い” にはなりたくない、と話しました。
[Usina del Arte / la Boca]
今回の世界選手権自体に関しては、
順位をつける大会ではなく、各ビデオを ”作品” として世界に公開するものであったり、大会だとしても”全く新しい別の基準、別の大会”として行うならば、作品として素晴らしい価値があると思う。
しかし、今まで行ってきた世界選手権と同じもの、位置付けにすることに私は違和感しか感じない。
“そんな風だから、Keiはダンサーとしてお金も稼げず、名前も広まらないんだ”
確かに。笑
[決勝の行われるLuna Park。会場を埋め尽くす観客たち]
私は一人のダンサーとして、”何でも良い” にはなりたくない。
確かにそんな時期もなくはなかったけど、私の中でそういう時期はもう卒業した。
新しい風に乗ってゆくこと、変化してゆくことを悪いことだとは思わない。
それを言いたいわけではない。
変わってゆくことは自然だ。
ただ私は、自分が大切にしているものを見失いたくない。
自分が信じているものに対して、ぶれることなく貫く”こだわり” を持つこと。これこそ本当に難しいことなんじゃないかな。
真のアーティストなんじゃないかな。
私は、そう思っている。
こういうようなことを伝えると、その彼はちょっと黙ったあとに、笑った。
その後、彼がどうしたのかは知りません。
他に相手を見つけて応募したかもしれないし、やめたかもしれない。
[入賞者の発表。緊張と喜びの瞬間]
世界中から集まる素晴らしいダンサー達とフロアを共有し、自分の持てる力を出し切る。
緊張と興奮、熱気と、自分の内側に広がる静寂とのコントラスト。
ライトに照らされたロンダは、小さな宇宙。
挑戦者達の息遣いを響かせながら、一つの世界となる。
”瞬間”を生きる想い。熱。
私のタンゴは、フロアにこそある。
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