人生初の...〜男子チア物語第8話〜
2012年3月。
豊橋東高校を卒業し、数日が経過していた。
4月から始まる予備校生活を前に、少しだけ時間があった。
もちろん勉強は続けていたが予備校はまだ始まらないし、落ちたショックからうまくスイッチが切り替えられずにいた。
同時に、浪人をするということに申し訳なさも感じていた。
その一方で、高校の友人たちは大学入学前に、春休みを謳歌していた。
「ケイタ!遊ぼうよ?どこか出掛けようぜ!」
何人かの友人たちから誘いは来たが、断った。
気持ちが全く、乗らなかったからだ。
そんな中、家でいつもと変わらない生活を続けていた際に、ふとこの1年、浪人生活にかかる費用が気になった。
「いくらくらい、かかるんだろう...」
暇、というのはよくない。
考えなくてもいいようなことまで、考えてしまうことがある。
「これなら友達たちと遊んでた方がよかったかなぁ...。でもそんな気にもならないしなぁ」
無意識にYahoo! JAPANで、検索をかけていた。
いろんなサイトを開いて、驚いた。
思わず声を発してしまった。
「えっ!!!!」
入学金、授業料、その他もろもろ...合わせて100万円近くかかることを知った。
さらには、夏休み、冬休みの期間には各講座を受ける分だけ授業料がかかる。
「うわぁ。こんなに高いのか...」
周りは大学生になる中で、自分は余分な1年を作ってしまった。
周りとどうしても比較してしまった。
「親には申し訳ない」
そんな思いから、あることを決めた。
「そうだ、予備校が始まるまで、アルバイトを始めよう」
もちろん"本業"が1番大事だから、期間は春休みの3月中のみ。
短期間で2週間くらいで、雇ってくれるところを探した。
高校までは学校でアルバイトは禁止されていたため、もちろん人生初の経験だ。
本来なら、初のアルバイトに胸を躍らせたいところだが、そんな精神状態ではない。
とにかく、罪を償うかのような気分で働くところを選んだ。
いろんなアルバイトがあった中で、俺が選んだのは地元にある遊園地のアトラクションスタッフだ。
アトラクションスタッフと言えば、いつも明るく笑顔で対応してくれる印象が強くあった。
想像しやすいのは、ディズニーランドで働くキャストさんのようなイメージだ。
いつも笑顔で、明るくて、元気で、お客さんを楽しませる...。
「あれ、それって...!」
そう、チアリーダーと通ずる部分があったのだ。
春休み中の短期間のみという厳しい条件であったが、無事、採用された。
シフトも出て約20日間ほど、ここで社会経験を積ませてもらえることになった。
俺が担った仕事は主にアトラクションに並んだお客さんの整理と誘導。
あとはジェットコースターなどの際に乗客の安全バーを確認し、笑顔と元気な声で「それでは行ってらっしゃいー!!!」と送り出す業務だった。
もちろん仕事は楽しいものではあったが、お客さんから理不尽な怒りを食らうこともあった。
職場の先輩に強く叱られることもあった。
雨の日だってカッパを着てずっと外に立っていることもあった。
「働くって大変なんだな...」
今まで俺は甘え過ぎていた。
何でも好きなことを自由にさせてもらえた。
お金を稼ぐことの大変さを知った。
「お金を稼ぐってのは簡単なことじゃないのよ。楽してお金が稼げると思ったら大間違い」
母が昔、よく言っていた言葉を思い出した。
やっぱりこのタイミングで自分でお金を稼ぐということを経験できて良かった。
20日間で稼いだお金は、微々たるものであったが多少なりとは罪悪感を減らすためにも予備校の費用に、と両親へ渡した。
「絶対に4月から始まる予備校生活を無駄にしてはいけない。俺は絶対に早稲田に受かる。そして男子チアをやるんだ!」
俺の覚悟は、それまで以上に強くなっていた。
つづく
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第8話の登場人物 整理
ケイタ(俺)=筆者であり、主人公。愛知県・蒲郡市出身。豊橋東高校卒業。
サヨミ(母)=社交的で、勉強も遊びも大事にしなさい派。常々、友達は大切にしなさいと言う。好きな言葉は「かわいい子には旅をさせよ」