中尾広道監督「おばけ」を見て
中尾広道監督のおばけ、見てきました。
2月に、おばけ本編の中にも出てくる国立映画アーカイブで見て以来二度目。
待ちに待った、ポレポレ東中野での上映です。
※ネタバレという概念に配慮してません。これはめちゃくちゃネタバレをする、という意味です。
おばけ
「初長編監督作となる本作でPFFアワード2019グランプリ、第20回TAMA NEW WAVE特別賞を受賞した中尾広道監督作品。
男は1人でこつこつと映画を撮り続けていた。
そんな彼の孤独な制作活動は、周囲の理解を得られず、妻と子どもも愛想を尽かしていた。
そんな男の作業を遠い空から見つめている星くずの存在があった。
男の姿を見守る星くずの雑談とカメラを通し、男の日々の生活や映画制作のさまざまな局面が語られていく。
主人公を中尾監督自身が演じ、男を見守る星の声をお笑いコンビ「金属バット」の小林圭輔と友保隼平が務める。」
※映画.comより
ざっくりあらすじはこんな感じ。
今回わたしが見に行ったきっかけは、上記あらすじにも記載がある通り金属バットという芸人さんが星の声をしているという触れ込みを聞き興味を駆られたからです。
彼らはサン○オを追われ現事務所に漫才師として所属したキ○ララなので、今回の配役は正にうってつけの役どころでした。
さて。
そんな不純な動機を抜きにして、おばけという映画を自分なりに捉えた時に
わたしは真っ先に鴨居玲の「1982年 私」を思い出しました。
比較として正しくはない気がしますが、わたしがおばけを見た時に感じた衝撃はこの鴨井玲の作品を見た時に感じたものと非常によく似ていたのです。
「1982年 私」は、画家の鴨井玲が自らの自画像と彼自身が過去実際に描いてきた絵画に登場した人々を描いています。
ここで鴨井本人とされる中央で座り込むやつれた男を取り囲む人々は、誰一人として彼に寄り添おうとしません。
画面の右端で白い背を向ける女性は、彼がこの絵画を描く直前の時期に精力的に描いてきた裸婦のモチーフですが、そんな存在にまで背を向けられ男は白いキャンバスを前になす術もなく呆然としています。
この絵を初めて見た時、わたしは強い衝撃を受けながら思ったのです。
「いや、これどんな心持ちで作ったの」と。
鴨井のこの作品は彼が自分の作風を模索する中描かれた一枚(だった筈)ですが、作者が第三者から見ても客観的かつ説得力のある現実を作品に投影しているのを見ると、これ作った人は一体どんな気持ちで作ってんの……と
愕然とし、おののくような感慨を覚えるのです。
勿論意図をもって作られた創作である以上、そこには多かれ少なかれ主観から距離を置いた作為も作意も存在する訳で
おばけが完全なるドキュメンタリー映画であるとはわたしも思っていません。
でも、バイトもロクに行かず借金こさえて、奥さんにも子供にも出ていかれながらも映画を作ることにのめり込んでいくのに、そうして作った作品は箸にも棒にも掛からず、自暴自棄になってしまう。
どんな創作をするにしても大変さや苦悩はあって、それはきっと立場が偉くなったりしてもそれに見合った心労に付け回れるんだろうけど、
おばけがこれまでも自主映画を作ってきた監督が自らを主人公として作り上げた作品であると考えるとなんというかこれ、めちゃくちゃリアルだな……とついつい考えてしまうのです。
それでも、この作品が決して悲壮感だけに包まれた寂寞としたものではないのは、監督の意図とキャスティングの妙があっての事なのだとわたしは思います。
おばけを最初に見た時、中尾監督に直接お話を伺う機会に恵まれました。
「どうして星々の声に金属バットさんを起用したんですか?」
多分既に100万回は聞かれてるんだろうなと分かっていながらそう聞いたわたしに、中尾監督は嫌な顔ひとつせずお話してくださいました。
最初、この映画を作るにあたり話をするのが上手い人を星々の役にキャスティングしようと考えていたこと。
でも、映画の内容を鑑みた時に星々のしゃべりがあまりに上手すぎるとドキュメンタリーのような要素が前に出過ぎてしまうだろうから、それは避けたかったこと。
そこで元々ファンだった金属バットのふたりにお願いをしようと直談判したこと。
監督からこのお話を伺ったのは映画を見た後だったんですが、内容を反芻する程監督のお話されていた事がすごく腑に落ちて、納得しました。
終盤、上手くいかない現実に映画と距離を置いた中尾監督の現在を語る星々のおしゃべり。
説明をする星(小林さん)とそれを聞き受け止め相槌を打つ星(友保さん)の掛け合いは、短いシーンの中で観客に状況を理解させながらも、不憫で不幸めいた重さは感じさせず、むしろ軽やかに響きます。
それは、その後自らが作り出したGalaxy Masterと対峙する中尾監督が自分を罵倒する星々の声を聞くシーンでも同様で
もし監督がおっしゃるように"喋りが上手すぎる”人たちがもしこの星々を演じてしまっていたら、あのシーンはきっと本当にノイローゼになってしまった人の狂った幻聴みたいに見え(聞こえ)かねないと思うのです。
Galaxy Masterを叩き壊す程追い詰められるさまに、自主映画監督の苦悩!みたいなものが際立って見え過ぎてしまうというか。
でもそれが金属バットのふたりの声や語り口調を通すと、罵詈雑言を重ねていたとしても軽口めいて聞こえる事で良い意味で重さが軽減される様に感じられて、それが映画全体にすごく効いていてるなと思いました。
中尾監督が関西圏の人だというのも、その良さに拍車をかけてるんだとは思うのですが。
(ご自身も関西弁話者なので、彼の宇宙の中の星々が関西弁を喋る設定というのも比較的違和感なく受け止められる感じ)
と言う訳で金属バットのおふたりが演じる星々の声、とても良いです。
元々ファンだったという中尾監督もあの二人の話の面白さには信頼を置いていたようで、任せておけば大丈夫と思っていたとのこと。
わたし自身ファンなのでバイアスかかってると言われればそれまでですが、ちょっと演技がかったよそいきっぽい語り口の小林さんの声とやっぱり飄々と上手いことこなす友保さんの声が、おばけでは余すことなく楽しめます。
同時にこのおばけという作品はすごく中尾監督のロマンチックさが出てる映画でもあると思います。
我ながらめちゃくちゃ使い古された表現というか感想だなという自覚はあるんですが、
おばけという作品の中に出てくる“宇宙”というのは、中尾監督が好きなもの
(作中主人公である中尾監督が自身の映画の中で使う小道具の宇宙を作る中で参考のために手にする本があるのですが、そのどれもが小さな子供も手にする図鑑のようなもので、小さな頃から宇宙や星が好きなんだろうなということが偲ばれます)であろうという事と同時に、創作する人間のつくる世界そのものでもある訳です。
創作をする人間は0から1を創り出す作業の中で、そこに世界を生み、息を吹き込み、全てを一つひとつ動かしていく。
そんな自らの作り上げた宇宙の中に響くのが自分が敬愛する人たちの、飄々と喋る声であり、力強い歌声であるだなんて!
それって言い得難い程ロマンチックで甘美なことだなと思います。
加えて、そうして自らの作り出した星々が自分の作品を楽しみにしててわざわざ連れ立って地球にやって来ては実際に映画を見て面白がってくれたり
自分の作品作りをあんな形で手伝ってくれるなんて、何だかすごく愛らしくて愛おしい。
一つひとつすごく考えて選んでいったという、宇宙に瞬く星々や星座を象るビーズのどれもが本当に美しくて、それがまた中尾監督ロマンチスト説をわたしの中で色濃くさせるんですよね。
監督、撮影上手く行かなくて作中めっちゃキレてるけど。
でもこのキレるシーンも、わたしはめちゃくちゃ好きです。
中尾監督が最初に一人きりで映画を撮るシーンでも、最後お子さんと一緒に撮影するシーンでも、上手くいかなくなると等しく感情爆発させて地味にキレてるんですが、それがすごくいい。
映画が好きで、でも取り巻く現実として上手くいかなくて、苛立ったり怒ったり自棄になったりしても、ましてやそこにお子さんが加わっても、
いい意味で何も変わらなくて、だからこそ中尾監督と映画が切り離せない存在だということが逆説的に証明されているような気がします。
生活も映画も、中尾監督にとっては安易に手放せるものではないんだろうなと感じられて、そこになんだかぐっときました。
結局全然金属の存在抜きに作品語れてなくて申し訳ないなと思いながらここまで書いてます。
まぁミーハーだもんでね。
と言う訳で大変良かったです、おばけ。
上映後の舞台あいさつの折に、司会をされていたポレポレ東中野のスタッフの方が感極まった様に声を詰まらせながらこの映画のお話をしてらしたのがとても印象的で(中尾監督もお話されてましたが、制作や今回の公開に向けてのプロモーションでかなり密に連携を取りながら進めてらしたんだなと感じました)
作中で星(小林さん)が語ったように、映画は本当に一人だけでは作れないんだなということをここでも改めて感じて、またしてもぐっときました。
そんなポレポレ東中野の方とめちゃくちゃリテイクを重ねながら作ったというポスターも映画のキラキラがしっかり詰まっていて
これが自分の部屋に貼ってあったらなんかいいなと思って買って帰りました。
作中監督が宇宙を作り上げていく自分の書斎に好きな映画のポスターや切り抜きを貼っていたように、わたしも好きなポスターたちと並べて飾りたいなと思います。
しっかりサインも入れてもらってうれしかったです。ミーハーだもんで(二回目)。
監督に伺ったら現行のような映画館での上映に加え、それ以外の方法でも見られるよう検討はされているようですが
機会があったら配信や円盤じゃなく、映画館で見てほしいなと思うような作品でした。
運よく二回も見れたのはわたしが都内に住む人間だからですが、東京近郊以外の地域でもより多くの人が見れる機会に恵まれると良いなと思います。
おしまい。
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