みつばち列車
小学生のマホちゃんは本を読むことが大好き。今日も学校が終わると、いつものように家の近くの図書館にやって来ました。
今日は何の本を読もうかな。
マホちゃんが本棚に並ぶ本たちを眺めていると、
「マホちゃん、ちょっと通してくれる?」
振り返ると、司書のお姉さんがたくさんの本を両手にかかえ近づいて来ます。
「カートが故障しちゃったの。こんな日に限って古い図書の整理だなんてついてないわ」
お姉さんがそう言ってマホちゃんと本棚の間を通り抜けようとした時でした。
ブンブーン。
どこからともなくいきなり一匹のミツバチがあらわれてお姉さんのおでこにピタリととまったのです。
「ヒィーッ!!!」
お姉さんは奇声をあげて持っていた本を放り投げました。
何度も自分のおでこを手ではらいながら、お姉さんは目をパチクリさせています。
「ちょっとマホちゃん、今の、ハチだったよね?!」
マホちゃんは頷いたものの、不思議なことにミツバチはもうどこにも見当たりません。
「どこ行ったのかしら。もしまた見かけたらすぐに知らせてね。刺されると大変だから」
お姉さんは、自分がばらまいた本たちを拾い上げるとそう言い残して行ってしまいました。
ミツバチ、どこ行っちゃったんだろう。
マホちゃんがふと床に目をやると、一冊の古びた本が落ちていました。
【ミツバチ列車】
青の布表紙にはちみつ色の文字でそう書かれた本は、さっきお姉さんが落として行ったに違いありません。
どんなお話なんだろう......。
マホちゃんはその本をお姉さんに返す前に少し読んでみることにしました。
物語は、ミツバチと人間が戦争を起こし、世界中からハチミツが消えてしまったところから始まりました。
主人公の少年は、病気の母親にどうしてもはちみつを食べさせたくて、はちみつ探しの旅に出かけます。そして少年は旅の途中で、広大なレンゲ畑にたどり着くのでした。実はこのレンゲ畑こそが、ミツバチの世界と人間の世界を結ぶ唯一の手段であるミツバチ列車の停車場だったのです。少年はレンゲ畑で蜜を集めたミツバチたちにまぎれてその列車に乗り込もうとします。しかし運悪く車掌に見つかってしまうのでした。
「この列車はミツバチ専用の列車で、人間を乗せることができないのでありまァす!」
「僕にはハチミツが必要なんです。病気の母に、はちみつを食べさせてあげたいんです」
「ダメです!これは規則ですから」
車掌は人情よりも規律を重んじるタイプのミツバチでした。そしてこう付け加えました。
「もしもあなたがミツバチ列車の切符でも持っておれば話は別ですよ。でもまあ、持ってないでしょうな。あれは戦争の時に全部焼けてしまいましたからなあ。ブンブン」
「なんて意地悪な車掌なの!」
マホちゃんがプンプンしながら次のページをめくると、そこには古くて小さな券のようなものがはさんでありました。
【列車乗車券 レンゲ畑→ハニービー王国】
と記されています。
「これもしかしてミツバチ列車の切符?!」
マホちゃんその切符をまじまじとと見つめました。
これがあれば少年はミツバチ列車に乗ることができるのに......。
すると突然。
ブーン、ブンブン
どこからともなく、さっきのミツバチが姿をあらわしました。
「ねえミツバチさんお願い。私をこの本の中のレンゲ畑に連れてって!」
もちろんマホちゃんにだって、レンゲ畑はお話の中のものだとわかっています。だけど少年のことを考えるといても立ってもいられなかったのです。
するとどうでしょう。ミツバチはそれにこたえるようにマホちゃんの周りをぐるぐる回ると、まるでついておいでといわんばかりに図書館の奥の方へと飛び始めました。
「あ、待ってミツバチさん!」
マホちゃんは切符を手にミツバチの後を追いかけました。しかし走っても走っても追いつくことができません。そして走りながらマホちゃんは、ふと我に返って考え始めました。
あれ?こんなに走ってるのに何で図書館の壁に突き当たらないんだろう。
その瞬間、走っている床がぐにゃりとゆがみ、まるで底なし沼のようにマホちゃんの体を飲み込み始めました。
「だ、誰か、助けてー!!」
もがけばもがくほどマホちゃんの体はどんどん床の中に沈んで行きます。
もうだめかもしれない。
《あきらめちゃダメだ》
首まで沈んでしまったマホちゃんの耳に、どこからか[声]が聞こえてきました。
《もしもその切符を少年に渡したいなら、絶対にあきらめちゃだめだ》
「だけど、もうどうしようもできないよ」
マホちゃんが泣きながら答えました。
《あなたは自分でできないって決めつけてるだけよ》
今度は別の[声]が言いました。
《想像力を使えばいいんじゃないかな》
また別の[声]が言いました。
「想像力?」
《そうよ。想像力を使って夢を見るのよ》
またまた別の[声]が言いました。
《マホがここを図書館だと思えば図書館だし、レンゲ畑だと思えばレンゲ畑になるのさ。想像力を使って夢を見続けてる限り、マホはなんだってできるし、どこにだって行けるよ》
どの声もマホちゃんにとっては聞き覚えのある声ばかりでした。大人になりたくない空飛ぶ少年や森に住む親指ほどの小人たち、魔法学校で勉強する生徒たち。
声はどれも、マホちゃんがこれまでに読んだことのある大好きな本の登場人物でした。
みんなの声にはげまされ、マホちゃんの体にはみるみる力がわいてきました。
みんなありがとう。私はもうまよわない。だって私は本好きの夢見る女の子だもの!
心にそう強く思った時、マホちゃんの目の前に広大なレンゲ畑が広がりました。
レンゲ畑の真ん中では、黄色と黒のしましま模様のミツバチ列車が頭から蒸気をシューシューとふき出しながら、その出発を今か今かと待ちわびていました。
「もしもあなたがミツバチ列車の切符でも持っておれば話は別ですよ。でもまあ、持ってないでしょうな。あれは戦争の時に全部焼けてしまいましたからなあ。ブンブン。もう出発しますから、はい下がった、下がった!」
ミツバチ車掌がそう言って少年を追い払おうとした時でした。一匹のミツバチが二人の間を矢のごとく飛びぬけました。
そのせいでミツバチ車掌は出発の合図を出しそびれてしまいました。
「ちょっと待ったああ!」
そこへ現れたのはマホちゃんです。
「切符ならここにありますっ!」
まるで黄門様の印籠のように、マホちゃんはミツバチ列車の切符を車掌に突き出しました。
その時の少年の喜んだ顔をマホちゃんは一生わすれることはないと思いました。
「ところで一体、君は何者なの?」
少年がマホちゃんにたずねました。
「私は・・・」マホちゃんは、あのミツバチがおいしそうにレンゲのミツを吸ってるのを見て言いました。
「マホ。ミツバチに導かれし少女マホよ!」
その時、ビービービーと笛が響きわたりました。いよいよミツバチ列車の出発です。
「また会えるかな?」
少年はいそいで列車に飛び乗ると、振り返ってそう言いました。
「うん。会えるよきっと。お互いがそう夢見ていれば!」
マホちゃんは空の向こうにミツバチ列車が見えなくなるまで手をふり続けました。
「あらマホちゃん、どうしたの手なんか振って?」
え?
うしろから声をかけたのは司書のお姉さんでした。
「もうすぐ閉館の時間よ、はやくおうちに帰らないと」
知らないうちにずいぶんと時間がたってしまっていたようです。
「あ、ミツバチ列車だ」
お姉さんがマホちゃんの持っている本を指さしました。
「わたしその本大好き。小さいときに何回も読んだもの。そう言えば、その本の中にもマホって女の子が出てくるよねえ」
「えっ?」
マホちゃんはあわてて本をめくりました。そしてお姉さんの言ったとおり、マホという少女が少年の乗ったミツバチ列車に手をふっている挿絵を見つけました。
「なんかさ、そのミツバチに導かれし少女の顔って・・マホちゃんにそっくりじゃない?」
マホちゃんはドキリとしました。
「でも、まさかね」お姉さんは、ハハハハと笑いとばすと「それにしてもハチミツのない世界なんて私は絶対にヤダ!」と言い残して行ってしまいました。
マホちゃんはお姉さんの言葉に大きくうなずくと、ポケットにかくれているミツバチに言いました。
「ミツバチさん、私、決めた。今夜ミツバチ列車に乗って向こうの世界に行くわ。そして、ハチミツを人間の世界に取り戻すの!」
マホちゃんの冒険は今始まったばかりです。
おわり