国際貿易の過去・現在・未来を考える:参考文献付録(『経セミ』2021年10・11月)
このnoteでは、『経済セミナー』2021年10・11月号の特集「国際貿易のゆくえ」の巻頭対談、
伊藤萬里 × 椋寛「新型コロナ危機を超えて、貿易のあるべき姿を考える」
の中で語られたトピックの関連情報や、ディスカッションの背景にある経済学等の研究成果(参考文献)をリンク付きで紹介しながら、ちょっとだけ本号特集の内容をご案内します!
なお、特集部分のみを抜き出した「経セミe-book」としても発売になりました!(2021年11月22日) こちらは550円(税込)にてお求めいただけます。
新型コロナウイルス・パンデミックは、世界中の社会・経済を大きく変えています。その影響は当然、国境を越えた財・サービスの取引や人の移動、国際貿易にも及びました。しかし、コロナ下での状況だけを見ていても、貿易の本質的な変化をつかむことはできません。2008年の世界金融危機以降、保護主義の台頭や、グローバリゼーションがもたらす格差への懸念など、世界の貿易体制は10年以上も前から、さまざまな揺らぎの要因に直面してきたからです。
そこで今号特集の巻頭では、企業活動の国際化に関する実証研究がご専門の伊藤萬里先生(青山学院大学)と、主に貿易政策の理論研究に取り組んでこられた椋寛先生(学習院大学)に、国際貿易の過去・現在を俯瞰し、未来を見据えた対談をいただきました。本誌では以下のような構成で記事を収録しています。
1.はじめに
2.停滞するグローバリゼーション
3.安全保障が貿易を左右する
4.デジタル化が貿易を変える
5.多様な価値観をふまえて貿易政策を考える
6.よりよい貿易体制を築くために
なお椋先生は、2020年7月に『自由貿易はなぜ必要なのか』という書籍を出版されています。同書は国際貿易に関する最新のトピック・研究がわかりやすくまとめられていて、とてもオススメです。国際的なサプライチェーン、サービス貿易、グローバル化と雇用、貿易と政治の関係などなど、近年話題になっているトピックも網羅されています。本誌とあわせて、ぜひ手に取ってみてください!(経セミでも、市野泰和先生による書評を掲載させていただきました!=公開中の記事はこちら)
さて、このnoteでは、大まかに当日の流れに沿って、各所で触れられた参考文献や資料などをフォローアップします。本誌の対談記事では、ここで紹介したたくさんの研究のエッセンスを、わかりやすく整理・解説しています。ぜひ、あわせて本誌をご覧下さい!
■ 停滞するグローバリゼーション
対談では、まずお二人のバックグラウンドと専門分野についてご紹介いただいた後で、以下のグラフにあるような第二次世界大戦以降の貿易の拡大と近年の停滞について概観し、その背後にある要因を考えていきます。
(UNCTAD Stat: Merchandise: Total trade and share, annual Table summary)
ここでは、以下のようなデータに表れている近年の動向の特徴を詳しく解説していますので、ぜひご注目ください!(キーワードは、国境を越えたサプライチェーンの拡大、輸入代替工業化、保護主義などです)。
そして、貿易の拡大が鈍化する中でも伸び続けている分野として、「デジタル」の分野に着目します。
■ コロナ危機の影響:貿易と安全保障
次に、現在までの国際貿易の動向や環境の変化をおさえたうえで、新型コロナ危機の影響を考えていきます。
まず、以下のWTOの報告などに言及しつつ、コロナショックによって実際に世界の貿易量が大きく減少したことなど、現状を確認します。
なかでも、世界のサプライチェーンの寸断リスクや、政治的要因や経済安全保障的な要因による輸出制限などの影響が強まっていることに注目します。
ここでは、次の戸堂康之先生の著書も紹介しつつ、サプライチェーンの利点やリスクについて、東日本大震災などの局所的なショックと世界が同時にショックに直面した新型コロナの状況の違いを吟味しつつ、詳しく解説されます。
■ デジタル化が貿易を変える
コロナ前の動向とコロナ危機による影響を確認したところで、ここからはコロナ後の貿易について考えていきます。
注目されるトピックの1つ目は「デジタル化」です。実は『経セミ』の対談・鼎談等も、2020年4月収録分以降、今回も含めてずっとZoomなどのオンライン会議ツールを使って収録していますが(ホンネでは、そろそろ対面でも収録したい…)、そうした会議ツールなどなど、コロナ下でデジタル化が一気に浸透しました。貿易に例外ではなく、デジタル化の波が押し寄せています。
しかしその一方で、対談ではデジタル化に取り残されてしまう人々、企業、国などへの懸念も示されます。実際に、伊藤萬里先生たちが行った以下のアンケート調査なども紹介しつつ、デジタル化ができるところとできないところが二極化されていく可能性について吟味していきます。
冨浦英一・伊藤萬里・熊埜御堂央(2021)「新型コロナウイルス感染症に対応した企業の対面接触削減について:我が国企業におけるデジタル化・グローバル化との関係についての調査結果の概要」RIETI Discussion Paper Series, 21-J-031。
また、新興国でデジタル化が一気に進むケースについても注目します。伊藤亜聖先生の著書などを紹介しつつ、輸入代替工業化ならぬ「輸入代替デジタル化」と呼ばれる動きや、「デジタル保護主義」「蛙飛び現象」といった昨今の動向を解説します。
加えて、デジタル化が進む中で「新たなルールづくり」の重要性と、その方向性について議論していきます。データ流通の仕組み、データ保護政策がどのような帰結をもたらすかについての最新の理論研究として、以下の内容なども紹介されます。
Chen, Y., Hua, X. and Maskus, K. E. (2021) "International Protection of Consumer Data," Journal of International Economics, 132,103517.
デジタル分野での国際的な取引についてはまだまださまざまな課題があります。その具体例や「信頼性のある自由なデータ流通(DFFT: Data Free Flow with Trust)」への動きに触れつつ、「信頼」や貿易に参加する各国の「制度の質」の重要性についてディスカッションいただきました。
法や政策運営の実効性、政治的腐敗の程度など、「制度の質」の重要性に関する研究としては、以下が紹介されています。
Levchenko, A. (2007) "Institutional Quality and International Trade," Review of Economic Studies, 74(3): 791-819.
Nunn, N. (2007) "Relationship-Specificity, Incomplete Contracts and the Pattern of Trade," Quarterly Journal of Economics, 122(2): 569-600.
Ge, Y., Dollar, D. and Yu, X. (2020) "Institutions and Participation in Global Value Chains: Evidence from Belt and Road Initiative," China Economic Review, 61, 101447.
データ流通に関連して、特許や知的財産、イノベーションの動向にも着目しますが、その中でも知的財産権の保護、契約やガバナンスなどの制度の質の重要性や、ワクチン開発・供給を例に開発インセンティブへの影響についても議論されます。
伊藤萬里・若杉隆平 (2011)『グローバル・イノベーション』慶應義塾大学出版会、第4章「技術移転と多国籍企業の境界」。
Kremer, M., Levin, J. D. and Snyder, C. M. (2020) "Designing Advance Market Commitments for New Vaccines," NBER Working Paper, 28168.
Castillo, J. C. et al. (2021) "Market Design to Accelerate COVID-19 Vaccine Supply," Science, 371(6534): 1107-1109.
また、デジタル化が進むと必ずしも「モノ」の移動が必要なくなること、その場合にどのような貿易ルールが必要となるかについても議論しています。たとえば、3Dプリンターの導入と貿易の変化に関する伊藤先生たちのアンケート調査の結果なども紹介されています。
Tomiura, E., Ito, B. and Kang, B. (2019) "Effects of Regulations on Cross-border Data Flows: Evidence from a Survey of Japanese Firms," RIETI Discussion Paper Series, 19-E-088.
貿易が距離に及ぼす影響については近年までにさまざまな主張があるといいます。「距離のパズル」に着目して依然として距離が重要であることを示した研究や、昨今のデジタル化やEコマースの普及などの影響で距離の影響力が変わってくることを指摘した研究などに基づいて、詳しく議論していきます(「アリババ効果」なんていうタイトルの論文が!)。
Disdier, A. C. and Head, K. (2008) "The Puzzling Persistence of the Distance Effect on Bilateral Trade," Review of Economics and Statistics, 90(1): 37-48.
Lendle, A., Olarreaga, M., Schropp, S. and Vézina, P. L. (2016) "There Goes Gravity: eBay and the Death of Distance," Economic Journal, 126(591): 406-441.
Fan, J., Tang, L., Zhu, W. and Zou, B. (2018) "The Alibaba Effect: Spatial Consumption Inequality and the Welfare Gains from E-commerce," Journal of International Economics, 114: 203-220.
■ 多様な価値観をふまえて貿易政策を考える
続いて、ここまで議論された状況や最近の動向をふまえて「望ましい貿易とは何か?」を考えていきます。この問いは、もちろん簡単に答えが出るようなものではありませんが、「貿易の利益をより多くの人々にとどける」、事後的な所得再分配を超えて、「多くの人々が貿易に参加し、グローバル化の果実を自身の手でつかみとれるようにする」ことの重要性が強調されます。
また、近年の国際的な動きとして貿易においても人権や環境などの「共通価値」が重視されていることにも触れたり(2021年の『通商白書』でも紹介されています)、格差拡大や労働、軍事的な対立など、貿易と関連して考えるべきさまざまな問題が取り上げられます。
経済産業省『通商白書2021』。
Shapiro, J. S. (2021) "The Environmental Bias of Trade Policy," Quarterly Journal of Economics, 136(2): 831-886.
そのうえで、近年の研究例も紹介しつつ、貿易制限的な措置が他国や自国へ及ぼす影響を考えます。また、政治家がなぜ保護主義的な政策を掲げるのか、そしてそれが支持されるのかといった点を吟味した研究なども紹介しつつ、最新の研究成果を政策現場や一般に発信していくことの重要性や、その際の留意点などを整理していきます。
Giordani, P. E., Rocha, N. and Ruta, M. (2016) "Food Prices and the Multiplier Effect of Trade Policy," Journal of International Economics, 101: 102-122.
椋寛 (2020) 『自由貿易はなぜ必要なのか』有斐閣、第3章「輸入制限は回り回って自国を苦しめる──アウトソーシングと中間財貿易」。
Cavallo, A., Gopinath, G., Neiman, B. and Tang, J. (2021) "Tariff Pass-through at the Border and at the Store: Evidence from US Trade Policy," American Economic Review: Insights, 3(1): 19-34.
Naito, T. (2021) "Can the Optimal Tariff be Zero for a Growing Large Country?" International Economic Review, 62(3): 1237-1280.
Tomiura, E., Ito, B., Mukunoki, H. and Wakasugi, R. (2016) "Individual Characteristics, Behavioral Biases, and Trade Policy Preferences: Evidence from a Survey in Japan," Review of International Economics, 24(5): 1081-1095.
Conconi, P., Facchini, G. and Zanardi, M. (2014) "Policymakers’ Horizon and Trade Reforms: The Protectionist Effect of Elections," Journal of International Economics, 94(1): 102-188.
Ito, B. (2015) "Does Electoral Competition Affect Politicians` Trade Policy Preferences? Evidence from Japan," Public Choice, 165(3): 239-261.
■ よりよい貿易体制を築くために
このように、本対談では国際貿易の過去・現在の動向を概観し、未来に向けた課題を整理しながら多岐にわたるポイントについてディスカッションいただいています。その背後にある多種多様な研究についてもかみ砕いてエッセンスを解説されていますので、ぜひ本誌をご覧いただけたら幸いです。
対談の最後には、近年の重要な動きの1つである保護主義的な政策の影響を深く考えること、グローバル化が進む中で生じる問題や必要となる対策・支援にも目を向けることの重要性が改めて強調されます。
最近の実証分析では、保護主義的な政策がかえって米国内の雇用を悪化させたことを示した研究などにも触れ、国際貿易の理論研究の成果とデータを活用した実証研究をさらに進め、成果を蓄積していくことが必要だということも指摘します。また、新型コロナ下でさまざまな研究が急速に蓄積・活用されたことなども紹介しつつ、経済学が貢献しうることは何かについても整理して、今後の展望を描いています。
Bown, C. P., Conconi, P., Erbahar, A. and Trimarchi, L. (2021) "Trade Protection Along Supply Chains," CEPR Discussion Paper, DP15648.
Antràs, P., Redding, S. and Rossi-Hansberg, E. (2020) "Globalization and Pandemics," NBER Working Paper, 27840.
■ おわりに
以上、ちょっと長くなりましたが、『経済セミナー』2021年10・11月号の特集「国際貿易のゆくえ」の巻頭対談について、そこで紹介された参考文献などを中心に付録として情報を整理いたしました。本特集では、対談に続いて以下のようなご執筆陣が関連トピックをさらに深掘りして解説しています。
【対談】新型コロナ危機を超えて、
貿易のあるべき姿を考える/伊藤萬里×椋寛
貿易を取り巻く情勢と政策的課題/木村福成
グローバル・サプライチェーンは変わるのか/伊藤恵子
国際貿易は雇用と格差をどう変えるか/笹原彰
サービス貿易の重要性:その現状と今後/伊藤由希子
貿易は、私たちにとって遠いようで身近な存在、生活に欠かせない機能を担っている存在です。コロナで外国が遠くなった一方、デジタル技術が使いやすくなったおかげで外国にいる方とお話しする機会はかえって増えたような気もします。また、政治情勢が動く中で貿易体制や国際関係にさまざまな変化が顕在化しています。これを機に貿易について改めて考えてみる際に、本誌が少しでもお役に立てれば幸いです。