東京都立大学大学院・MEcシンポジウム「経済学で考える日本の問題」 潜入レポート!
■ 東京都立大の取り組みについて
今回お邪魔したMEcシンポジウムは東京都立大学経済経営学部・経営学研究科が主催しているものです。
東京都立大学(以下、都立大)大学院では、社会人でも学べるよう夜間・土曜日開講の経済学プログラム(修士)を設置しています。
都立大の渡辺隆裕教授曰く、都立大の大学院・経済学プログラムは「経済学を『ガチ』で学ぶ」場所を提供しているとのことでした(開会の挨拶でのお言葉を引用しました)。
言い換えれば、「教養」として経済学を学んでもらう、というスタンスの教育機関ではないということです。あくまで一般の経済学研究科と同じく、コースワーク(基礎科目)の履修・学位論文の執筆を通じて、経済学のディシプリンをしっかりと持った人材を育成することを主眼に置いています。
こうした取り組みからも分かるように、都立大は今、経済学教育にかなり力を入れています。今回のMEcシンポジウムも、都立大における経済学教育の一環として、広く一般に経済学に関心を持っていただく機会を提供するものと理解しています。
■ プログラム
都立大の先生方曰く、「かなり力を入れてゲストをお呼びした」とのことでした。
その言葉通り、SNSやメディアでの活動でおなじみの安田洋祐先生、そして金融・ファイナンスの分野で国際的に著名な吉野直行先生と豪華な顔ぶれになりました。
■ 安田洋祐先生:「ゲーム理論で読み解く日本経済の課題-『ブラック均衡』から脱出せよ!」
安田洋祐先生には、基本的な経済学の考え方やゲーム理論の基礎をつかって、日本経済の問題点と解決策を分かりやすく解説していただきました!
タイトルにある「ブラック均衡」とは、安田先生による造語で(Sの理解では)「各主体にとって望ましくない均衡にハマってしまっている」状態を意味します。
ご講演の主旨は極めて明快で、「日本経済における課題をブラック均衡によって説明し、ブラック均衡を打破(=ゲームチェンジ)するための方策を考えよう」というものです。
実例として、講演では「働き方」や「DX化」が取り上げられました。日本でよりよい働き方への改善やDX化が進まない背景として、次のような点が挙げられました。
経営層がDXを知らない
従業員(部下)が新しい提案をしても上司や管理職が動かない
新しいことをやろうとするとカドがたつのでやらない
これらの点は、普段企業で働いている方であれば、多かれ少なかれ共感できることかと思います。安田先生によれば、こうした日本の職場にありがちな「ブラック均衡」の問題は、「コーディネーション(同調)の失敗」や「経路依存性」で説明できるとのことでした。
つまり、より望ましい状態(均衡)があるにも関わらず、会社や部署の環境・慣習・歴史的な経緯などにより経路依存的に「よくない均衡」に陥っている(=同調した結果「よくない均衡」にハマる)ことに問題があるということです。ここでいえば、休暇取得やDX化は本来望ましいはずだが、上記のような理由で「やらない」という判断に陥ってしまっているということです。
では、そのようなブラック均衡から抜け出す(=ゲームチェンジ)するにはどのようにすればよいでしょうか?
安田先生からは
"空気を読まない"人材の採用
経営陣・上司のコミットメント
などが解決策として提示されました。
これまでの慣習にとらわれない働き方(きちんと休暇を取得する、等)をする社員が現れたり、新しい働き方に上司が積極的にコミットしたりすることが「よくない」均衡から望ましい均衡へ移るうえでのカギのようです。
そのほかにも、会場ではさまざまなトピックが取り上げられました! 安田先生はさまざまなメディアで経済学の魅力を発信していらっしゃるので、ぜひそちらもご覧いただければと思います。
※安田先生には『経済セミナー』2023年4・5月号の特集座談会にご登壇いただきました!
■ 吉野直行先生:「ESG投資/最適な資金配分と環境税」
吉野先生には、ESG投資やグリーン投資を切り口に日本経済の問題点と展望についてご講演いただきました。
吉野先生のご講演は、とにかくパワフルでした。主張が大変明確で、忖度のない議論が展開されました。
講演は「SDGsやESGとはどのような概念なのか」という基本的な事項の説明に始まり、グリーンボンドの発行が資金配分を歪めている問題や、望ましい環境課税の仕方など、より発展的な議論へと移っていきます。
最終的には、ESG/グリーン投資が日本経済の構造上どのように位置づけられるかを示し、日本の生産性向上のために必要なことは何かを議論しました。
個人的に、吉野先生のお話は大変勉強になりました。そもそも、私はSDGsとは何かが正直よくわかっていませんでした。明確に「貧困の削減」を掲げていたそれまでのMDGs(ミレニアム開発目標)と比較すると、SDGsとはかなり広範な領域を対象にしている概念だと知りました。
望ましい環境課税については、各企業の温室効果ガス排出量のネット(純)部分について課税をすべきというご提案もありました。つまり、二酸化炭素の排出削減の努力分は差し引いて課税すべきということです。環境に対する課税についても、最適な方法はまだまだ議論の余地があるのだと知りました。
※『経済セミナー』2023年6・7月号では、ESGをテーマに特集を組みました! ESG投資の詳細や最近の動向について関心のある方はぜひご覧ください!
■ おわりに
今回のシンポジウムでは、安田・吉野両先生がそれぞれ異なる経済学の知見を用いて、日本経済が直面する課題に切り込んでおられました。
安田先生にはミクロ経済学やゲーム理論の基礎的な理論を用いて、比較的身近で一般の方にも共感していただけるような問題をテーマに分かりやすくご解説いただきました。
ゲーム理論を用いることで、「本当はみんなにとって望ましい状態(均衡)があるのにもかかわらず、よくない状態に陥ってしまっている」ことが鮮明に伝わったのではないかと思います。
安田先生のお話のスゴいところは、良くない均衡→「ブラック均衡」、ゲームチェンジャーとなるプレイヤー→「空気の読めない人材」のように、絶妙な言葉選びをなさっている点にあると個人的に思います。経済学の理論は難しく聞こえてしまいがちですが、安田先生のお話には「伝わる工夫」が随所に施されているため、頭にスッと入ってくる感覚があります。
また、吉野先生には金融・ファイナンスの知見をもとに、主にESG投資についてご講演をいただきました。ESG投資のお話にはじまり、最終的には日本経済の課題につながっていく大変興味深い内容でした。
ESG投資やSDGsという言葉は人口に膾炙しつつある一方、実はあまりよくわかっていないという方も多いのではないでしょうか。
吉野先生のご講演は、この「よくわからない概念」にストレートに切り込むところに始まり、終始参加者を惹きつけるパワフルなトークが展開されました。実際、それを裏付けるかのように、質疑応答では大学生の参加者からたくさんの質問が寄せられていました。
素晴らしいご講演をしていただいた安田先生と吉野先生、ならびに経済学の魅力を伝えるため素敵な機会をセッティングしてくださった東京都立大学の皆様に心より感謝の意を表します。
経セミでは、今後もこのような取り組みを積極的にリサーチしていきたいと考えています!
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2023年12・2024年1月号の新刊書紹介コーナーでは、今回のシンポジウムで討論者として登壇された宮本弘曉先生のご著書『日本の財政政策効果——高齢化・労働市場・ジェンダー平等』をご紹介させていただいております。
サポートに限らず、どんなリアクションでも大変ありがたく思います。リクエスト等々もぜひお送りいただけたら幸いです。本誌とあわあせて、今後もコンテンツ充実に努めて参りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。