30代の今、終活ノートを書いてみた感想
「エンディングノートを書く」と言ったら、母に失笑されて「まだ早いわ」と言われた。
私は三十代後半なので、寿命の上ではまだ死にそうにない。ちなみに主治医から余命宣告を受けたわけでもない。自殺願望もない。
それでも書いた。
今回の記事では、終活ノートを書く前の気持ちと、ノートに書かれていた記入項目と、書いてみた感想を書こうと思う。
終活ノートを書く前の気持ち
冒頭のような話をほかの年配の人にも言ったら、母のような反応が返ってきた。
まだ早いと笑ってきた年配の人たちには、危機感がまるでなかった。ちなみに年配の人と言っても60代ぐらいの人たちだ。
終活ノートは「もっと年寄りになったら書くもの」というイメージがあるのだろうと思うが、私はそうは思わなかった。
死の淵に立っているとき、書く元気が残っているとは限らない。
私にはADHDと統合失調症という持病がある。命に直接かかわる病ではないが、統計上では比較的短命と言われている。
それから私には「人間いつ死ぬかわからないから」という考えが、子供のころから根強くあった。病気にはならなくても事故に遭う恐れはある。
それが書こうと思った理由だ。
ダイソーで売っていた
どこでノートを選ぶかというのは迷わなかった。
本屋にもアマゾンにも楽天ブックスにも売っていたが、ダイソーにした。
初心者であるし、まずは体験してみることだと思ったからだ。
失敗してもまた買いに行ける気軽さも手伝い、ノート売り場に平然とほかのノートと共に売られていたのを見てから、数日後に買った。
その頃ホットな話題だった、ダイソーと手塚治虫コラボやダイソーとわちふぃーるどコラボのグッズ目当てで行ったときに、目星をつけていたのだ。
ダイソーには流行が反映されるので、それだけ「終活」が話題を集めているということなのだろう。
内容の紹介
ざっと内訳を書いていく。
プロフィール
体のサイズ
マイ・ヒストリー
週間ルーティン、月間ルーティン
お気に入りのもの
ライフライン契約、銀行口座一覧
クレジットカード、電子マネー
パスワード、ID、身分証明書ID
かかりつけ医、常備薬
連絡先(親類・友人)
意識障害になったときの治療方針を委ねる人、仕事の事後処理をお願いする人、治療のお金について
パソコンの処理、SNSのその後
葬儀のこと、宗教のこと、お墓、供養について
長いメモ欄
思ったより書くことが多いと思った
一通り目を通した感想だが、私は空欄のままにした項目もある。
マイ・ヒストリーとはそのまま、自分の成長の歴史というものだが、ここはまったく書かなかった。自分が亡くなった後の事後処理をする人には、あまり知らせなくていい内容だと思ったからだ。
後世に残したくない情報は抹消していいのだ。何も終活ノートすべてを埋めなければならないという決まりはない。この辺りは好みの問題だろうと思う。
比較的重要なのは、ライフラインやお金関係や連絡先と、パソコンやSNS、葬儀や宗教やお墓や供養についてだと思う。
いま気に入っているものも書いておいた方が、棺になにかお気に入りのものを入れてもらえるかもしれない、とも思った。お気に入りのアーティストや好きな曲を書いておけば、葬儀の時に流してもらえる可能性もある。
自分が死んだ後の葬儀の進行まで指図する気は当初はなかったが、書いているうちに「好きな曲をかけてもらうというのはありだな」と思うようになったのは、自分でも意外だった。
最後に、私の事後処理をするだろう人へ向けた長い謝罪を、メモ欄に長々と書いて、完成した。
これも書いておいた方がいいと思った項目
入っていた保険会社の連絡先ぐらいは、事後処理をする人のためにわかるようにしておいた方がいいと思う。
まあ銀行の通帳を見れば、履歴で保険会社の名があったら事後処理をする人が問い合わせるだろうが、何の入院保険や死亡保険に入っていたかとかは、記録しておいた方がいい。
書く項目がなかったので、ノート末尾の長いメモ欄に書いておけば、事足りるだろう。
あとは遺産についてだが、これも銀行口座以外は、書いておく項目がなかった。株券や貴金属などの財産が残っている場合もあるだろう。
元気なうちに、なんとか事後処理をしてくれる人に、なんらかの方法で伝えた方がいいと思う。
残していく家族やペットのことも書いておくところはなかったが、それは別途、遺族や友人に手紙を書いておくということで、どうだろうか。
終活ノートは自分のもの
考えてみれば、マイ・ヒストリーや週間ルーティンや月間ルーティンが、事後処理をする人にとって何の情報になるのかという気もする。
そもそも自分が死んだ後のことまで知らん、という人もいるだろう。もっともな話だと思う。自分がいないならいないで、居る人だけでどうにかするだろう。
だが私は心配性なので、保険金を事後処理してくれた人がちゃんと受け取ったか、とかそういうことが気がかりになるのだ。
自分が死んだあと化けて出ないように、心残りの無いようにしておきたい。
終活ノートを書いているうちに私は、20代で「終活ノートを毎年更新して古いものは捨てている」と話していた、とある若者との会話を思い出した。
「自分の現状を整理するのにいい」
これも私が終活ノートを書こうと思った理由の一つなのだ。
結局のところ、事後処理をしてくれる人に向けて書いているようであっても、自分のために書いているのである。
私もその若者を見習って、毎年終活ノートを新しく書き、古いものは処分していこうと思った。
人間生きているうちに気分は変わる。こうしておいてほしい、という気持ちも、生きているうちに考えが変わってくる。
悔いの残らないように生きていく気持ちを整理するために、終活ノートを人生の早いうちに書いておくことも、いいんじゃないかという提案をしてみたが、どうだろうか?
気持ちの整理になるので、おすすめする。