異国の砧音
眠れぬまま外に出た彼は天を仰いだ。冷たい夜空には明るい月が浮かび銀河を照らしている。故国・渤海を発ってから既に数ヶ月が流れた。
どこからか砧を打つ音が聞こえてきた。
「この国でも擣衣をするのか!」
彼の母国でも砧打ちが行われている。
「妻も今頃、砧を打っているのだろうか‥」
脳裏には妻や子供たちの姿が浮かんだ。
翌日、彼は渤海の日本使節たちとともに、この国の実力者である恵美押勝の私邸である田村第に向かった。主人主催の詩会が行われるのである。
屋敷の門をくぐり、案内された席に着くと彼はさっそく筆をとり紙上に走らせた。
霜天月照夜河明 霜天に月照りて夜の河は明らかなり
客子思歸別有情 客子帰らんと思ひて別に情あり
‥‥
彼は昨夜の砧の音を詠んだのであった。
「楊泰師副師の詩はやはり良いですね」
「端正な言葉の中に郷愁が感じられ、また艶やかさもありますね」
人々は彼の作品を絶賛したが、自身は家族への思いが募るばかりだった。
#歴創版日本史ワンドロワンライ 2019年11月16日 お題:遣◯使
平安初期に編纂された漢詩集「経国集」に収録された渤海国の遣日本使副師の楊泰師の作品を元にしたお話です。