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工芸家を目指す若者が経験すること ②初めての、蒸気機関車、初めての京都。



京都についた延は初めての汽車で興奮すると同時に、緊張と不安でいっぱいだった。
父が預けてくれたお金は、切符代を払ったらその大半がなくなっていた。
片道切符だ。
もちろん母が作ってくれたオニギリももうない。
京都駅についた延は、とにかく兄の元にとどりつかなければならない。

兄はその頃、師匠のところで仕事をさせてもらっている。
我が家はもともと丸岡でお抱えの塗師。兄は小さい頃からその仕事を見て育ち早くに京都の木村表斎家に師事する事ができた。
下京の師匠の住所は麸屋町通蛸薬師上がると書いてある。
どうやら麸屋町通という道と蛸薬師通という道の交わるあたりのようだ。
初めて京都、駅を出たらそこにはなんとも大きなお寺があった。その大きな伽藍を見ながら北へ北へと歩いていく。七条五条四条と東西の通りを過ぎていくと次第に目的地に近づいていることがいやでもわかる。

気がつけばもう蛸薬師通

街行く人に住所の書かれた書き付けを見せると、すぐそこだと教えられた。

気がつけば、目的の家。

ここがそうなのか?

恐る恐る、ごめんください。
丸岡から来ました栄吉の弟の延です。橋口です。
どなたかいらっしゃいませんか?

問うと、久しぶりの兄が出てきてくれた。

今日来たのか!

そうか。まあとにかくお師匠に会ってもらえるように頼んでみるから、ちょっと待ってろ。

しばらく待つと、30半ばの男が兄を連れて出てきた。

そこで開口一番
「話は橋口くんから聞いている。
ただ、不急のものを作っている家が内弟子を食べさせて行くことなどできない。」
延にとっては最も聞きたくない、入門を断られる言葉だった。

のちに京塗りの名工の1人と呼ばれる初代表悦の師匠との出会いの一幕でした。

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