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『Fly me to the disco ball』も分析してみたよ

ver.1.1です。初回の公開から頂いたコメントをもとに少し修正してあります。


はじめに


いや、すごいですね。前回『VOXers』の韻を分析してみましたが、『Fly me to the disco ball』はもしかしたら、もっとすごいかもです。どっちのほうが良い曲とかではなくて、仕組みの複雑さがこちらの方が入り込んでいる、という感じです。正直、この曲を始めて聴いたときに「何かある!」という感覚はあったのですが、その詳細は自分でも理解できませんでした。じっくり腰を据えて分析しだして、この曲に隠れた仕組みに、ただただ驚きました。

前の『VOXers』の韻に関する記事を読んでいない方は、そちらから読んで頂いた方がいいかと思います。韻についての基本概念なんかは、そちらで解説しておりますので。

前回の記事でも書きましたが、この分析はあくまで川原繁人個人の意見です。原稿を酒井さんに確認してもらってはいますが、以下の分析は、必ずしも酒井さんの意見を反映していないかもしれず、本記事に対する文責は100%川原に帰します。(ただ、note記事なので、細かい誤字・脱字はご容赦ください)。

また仕組みの解説のために、表記をオリジナルの歌詞カードから変えている部分がございます。あらかじめご了承ください。

[uu]を繰り返す

まず韻が聞こえてきたのは、「ジャンプ for the moon」から始まるパートです。ここは[u]が入っている単語を繰り返して、この母音が伸ばされながら強調されています。「moon」から始まって「はっんで」「じゅうりょく」「振り切」「くうちゅう」「move」「わっと」「ふゆう」。

このパートを聴いていると楽しい気分になると思います。それは、この[u]の部分がときに伸ばされながら強調されていて、逆に他の部分が弱めに発音されていることもひとつの要因かもしれません。「振り切」なんてこれがとても顕著で「振り切」までが弱めに発音されて「る」がすっごく強い。日常とは違う発音を使いつつ、[uu]が繰り返されているところにワクワクを感じるのかもしれませんね。

でもこのパートは母音だけじゃない

でも、このパートの聞き心地の良さは、母音のくり返しだけじゃないと思います。というのも、似た子音が繰り返されていて、それがまた素敵な聞き心地に繋がっている。この「子音を重ねる」手法を伝統的には「頭韻」と呼びますが、この曲では連なりが長いので「子音の鎖」と呼んだほうがしっくりきます。そんな「子音の鎖」は、私が気づいた限り三本存在します。

まずは「ジャンプ」の「ジャ」が起点となっている濁音の鎖。「ジャンプ」のあとに「はく」「じゅうりょく」「move」「ック」「disco」「ball」と濁音の連なりが仕掛けの一つ。もしかしら、曲名に入っている「disco ball」がキーワードになって、そこからこの濁音の連鎖が産まれたのかもしれませんね。こう考えると、この前の曲頭のパートにも「ジャンプ」「baby」「groovin'」「っこう」という濁音による頭韻が聞こえてきます。この意味で、伏線が張られていたことに私はあとから気づきました。

もう一つの仕掛けが「ジャ」が起点になって、「ちょうやく」と「じゅうりょく」「くうちゅう」の重なりがあります。これらの音は「(歯茎)硬口蓋破擦音」と呼ばれる音です。小さい「ゃゅょ」が入った音なので、似た音であることは伝わりやすいかと思います。また、もしかしたらですが、「ちょうく」の「や」と「ふう」の「ゆ」も硬口蓋音なので、これらの音も「しのばせ頭韻」であるかもです。「ただの偶然じゃない?」という意見がでるかもしれませんが、私の耳には、これらの子音が強調されているように聞こえるんですよね……。音響解析は難しいので、証明はできませんが。

最後の頭韻として、「り切る」「わっと」「ゆう」「バックリップ」という「ふ」の連鎖があります。とくに私の耳には「ふわっと」という単語が際立って聞こえるのですが、これは「ふ」の頭韻によって引き立てられているからでは? そして、これは私の深読みかもしれませんが、この頭韻は「ふ」だけでなくて「両唇」を使って発音する「両唇音(りょうしんおん)」として他の音とも繋がっているかもしれません。「moon」「move」「ふっと」「ックフリッ」「ball 」。これらの音([m], [w], [b], [p])は「両唇」を使って発音される音で、プリキュアの名前に頻出する音でもあります(詳細が気になる方はこちら)。

まとめると、このパートには、三本の子音の鎖が存在します。「濁音」「硬口蓋破擦音」「(おそらく)両唇音」。一聴したときに、「[uu]だけじゃない何か」は感じたのですが、音声学的に解釈すると、おそらくこういうことだと思います。この母音と子音が交互におりなす響きは、控えめに言ってすごいです。音声学者として圧倒されます。

怒濤の母音のくり返し

次のパートでも、聴いていると、どなたでもたぶん「何か」は起こっているとは感じられると思うのですが、実際に分析しているとトンデモナイです。わかりやすくするために、表記を変え、いろいろ補助記号を加えてあります。

①「Follow me」②「踊り」おどる③「頃に」忘れてしまう こ④「ころに」⑤「モロに」<くるリ><ズムに>⑥「この身」⑦「放り」だすと⑧「ともに」

「」と番号で示した通り、[o…o…i]が8回繰り返されているではありませんか! しかも<くるリ>と<ズムに>は[u…u…i]で合っている。上のパートで母音が繰り返されている箇所を「」と<>で表記しましたが、このパートは韻に参加していない母音の方が少数派なわけですね。くり返しは独特のリズム感を感じさせる、と言われていますので、このパートの聞き心地がよいのは当たり前ですね(これが作詞できることが当たり前と言っているのではありませんよ、念のため。)。

[uu]を繰り返す(二回目)

次に[uu]のくり返しの二回目が起こります。「踏んで」「2(トゥー)」「上昇ちゅう」「じょうくう」「boost」「ちゅうけい」「す」で[uu]が繰り返されています(「ちゅうけい」は弱めに発音されているので、韻としては意識されていないかもです)。

このパートでも子音の重ね掛けが仕込んでありそうです。「衛星きう」「じょうしょう」「じょうくう」「boost」「んるい」「giant」は全て濁音が連なっている。これが鎖の1本目。2本目の鎖は、「上昇中」に含まれている「じょう」「しょう」「ちゅう」そして「じょうくう」「ちゅうけい」「んるい」「giant」に連なる、硬口蓋破擦(摩擦)音の流れ。こちらの鎖は前パートに現れている「ジャンプ」(2回分)と「ちょうてん」で伏線が張られていたかもしれません。

<この段落は、はるかなさんによるXでのご指摘を受けて加筆。>また、ここの次の次のパートの「ちきゅう」「じゅうりょく」「うちゅう」「じゆう」でも硬口蓋音が重ねられていますね! 同じように、濁音もこのパートでさらに連なっていますね:「くら」「じゅうりょく」「つよする」「から」「ぬすて」「むん」「ゆう」。

英語的な韻が挟まる


次のパートで少しパターンを変えた韻が現れます。「Jump」に合わせて「ストップ」がstopと英語して発音されて、「母音+子音」という英語的の韻が隠れています(正確にいうと、英語としての母音は完全には一致していませんが、似ている母音です)。stop-Danceも、子音は異なるのですが([p] vs. [s])、両方とも「無声阻害音」であることを考えると、おそらく韻です。このように完全に音が一致しなくても「似た音」で踏まれる韻のことを、専門用語で「half-rhyme」と呼びます。Boogieと「ミュージック」(music)も韻。

[uu]を繰り返す(三回目)

[uu]のくり返しの三回目。ここで現れているのは、「dew(デュー)」「めるめ」「ちゅうしん」「浮か」「な」「きゅう」「moon」。

また上のパターンと同様に、母音だけでなく濁音が重なっていますね。「dew」「かやき」「浮か」「飛んこう」「silver」。そして、恒例の(?)硬口蓋音も繰り返されます。「dew(デュー)」「ちゅうしん」「きょうめん」「きゅう」。

はい、そしてここで新しい種類の頭韻が隠れていました。「めるめ」「がやき」「うぶ」「んぺき」「きょうめん」「きゅう」「とんでいう」と[k]が繰り返されていますね。

また、一回目と同じく、濁音と硬口蓋音の連なりは前のパートから始まっていて、 濁音は「Jump」「Boogie」「ミューック」「Dance」「boogie」「にちじょう」と重なってきていて、その中でも「Jump」「ミューック「にちじょう」は全て硬口蓋音です。

もっと怒濤の母音のくり返し

次のパートもすごいです。母音のくり返しがわかりやすいように書きなおしてみますと:

C'est ①「la vie」 ま②「わり」 まわるひ③「かり」④「がキ」⑤「ラリ」届き たか⑥「なり」⑦「だし」かが⑧「やき」⑨「増し」かさ⑩「なり」そ⑪「らに」う⑫「かび」あ⑬「がり」

[a…i]が怒濤の13連発ですね。ちなみに音響解析ソフトでここの部分の長さを測ってみたら、8.4秒でした。毎秒、1.5回[ai]が襲ってくる計算になります(笑)しかも「たかなり」「かがやき」「かさなり」の部分は[a…a…a…i]という一致度! 「まわり」「あがり」も[a…a…i]で三母音が揃っています。

8.4秒の間に13回繰り返される[ai]の連続。第二フォルマントの上昇のくり返しが美しい。

日本語ラップの韻にこだわった古典としてIce Bahnというグループの『越冬』という曲があるのですが、こんな歌詞があります:

要するに猛吹雪を 
毛布抜きで超えてく
肉弾戦でテクニック
出せん奴は脱落だ
辛くても立つ
ラクダみたいに前進する
飾らない依然シースルーで
……

もう、聴いているだけで韻でボコボコ殴られるイメージなんですが、それと同じ感覚を覚えました(注:個人の感想です)。

母音だけじゃないのよ、韻は

結論というのは大げさですが、最後にまとめのひと言を。

一般的には、「日本語の韻=母音を合わせること」って思われている節があります。単純化した説明として、こういう定義を使うことは仕方がないんですが(って前回の記事で私もそうしているし)、韻ってそれだけじゃないことがよくわかる一曲ですね。

正直、この曲は仕掛けがすごすぎて、自分でも全部をキャッチできている自信がございません。「ここもすごいよ!」という方がいらっしゃったら教えてくださいです。

<Xでのご指摘に基づいた加筆>あと、最後に残っている疑問をひとつ。これまでみてきた通り、この曲に「濁音の鎖」が隠されているのは間違いないと思います。しかし、「濁音=ネガティブなイメージ」というつながりが日本語では、広く観察されています。例えば、「ぽとぽと」と「ぼとぼと」を比べると、後者の方がなんか「嫌な」感じがする。俵万智さんも『サラダ記念日』の「この味」の「じ」が最後までしっくりこなかった、とおっしゃっています。でも、この曲からはそんな雰囲気が感じられない。これはもう完全な印象論ですが、酒井さんの澄んだ声のおかげで「ネガティブ」というよりも濁音による「力強さ」が表現されているのかもしれませんね。

最後に自分への誇りとして、こちらを引用させてください:

ディスコボールも解析して頂きました。 わたくしのこだわりを拾って頂けるとこはほんと作者冥利につきます。

https://twitter.com/uzysakai/status/1753979702551998538
酒井雄二さん本人のツイートより

しつこいですが、本分析は川原の独断によるものです。ゴスペラーズの意見を反映したものではありません


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