『VOXers』の韻を分析してみたよ
お読みになる前に
酒井雄二さんは、私がこの記事を書くことには同意してくださいましたが、この内容に同意しているとは限りません。以下で解説する分析は、あくまで川原繁人個人の意見です。ご注意ください。
(すみません、正直に言いますと、酒井さんに最初の原稿をお見せして、私の理解が完全ではない部分に関してご指摘も受けました。私が最初の分析で気づけなかった部分は「酒井さんに教えてもらったよポイント!」と明記してあります。とは言うものの、この記事に関して、酒井さんはまったく文責を負いませんので、ご注意ください。)
この記事は「韻って何?」くらいに思っている方が対象です。韻に詳しい方からは「そんなことわかっとるわ、ぼけ」とツッコまれそうですが、そこは暖かい目で見守ってください。
なんでこの記事書いたの?
私、川原繁人は言語学者で、大学生の頃から(日本語)ラップが大好きでした。そのラップ好きが勢いあまって、『言語学的ラップの世界』という本まで出版することになりました(東京書籍、2023)。この本では、日本語ラップにおける韻を言語学的な観点から分析しています。
それとは別に、2021年の10月ごろから北山陽一さんとの付き合いがはじまります。北山さんとの付き合いの詳細は、別記事で語っているので、そちらをご参照ください。しかし、北山さんは私がラップの韻を分析しているということを知りながら、2年以上もの間、ゴスペラーズの曲の中で韻を踏んでいる曲の存在を教えてくれなかった(いや、自分でちゃんと曲聞けよって話ですが(笑))。そんなおり、2023年コンサートに招待していただき、『VOXers』に出会うわけです。
いや、もうね、コンサート中に
「韻踏んでるじゃん!!!!! もっと早く教えてよ!!!! 黙ってるってどういうこと!!! 『言語学的ラップの世界』の中でページ割きたかったわよ!!!」
ってなりまして、問い詰めちゃいました(笑)
というわけで、北山さんが『VOXers』の作詞・作曲を担当してくれた酒井さんをご紹介してくださり、ちゃんと分析するご許可をお二人からいただきました。そんな経緯でこの記事ができあがりました。
前提
日本語における「韻」って何でしょうか? 本当はこういう定義は簡略化しすぎで良くないんですが、いちおう解説のために「日本語の韻=複数の母音を共通してもつ単語や句を揃えること」と定義しておきます。こう定義しちゃうと「子音は関係ないの?」っていう話になって、そんなことは全然ないし、実際に以下の分析でも子音はでてきます。しかし、何の前提知識がない人でもわかるように解説するための方略として受け入れてください。
では本番いきましょう!
イントロ
酒井さんのパートです。ここっていきなり、伏線が張られていると思います。「戦いの果て」の「果て」。下でみていく通り、[a…e]の韻がこの曲の軸になっていくので。まだ韻は踏んでいないけど、伏線。
「おわり」と「はじまり」は韻を踏んでいますね。どちらも[a…i]で終わっています。
Red corner
ここは、まだまだジャブなんじゃないかなぁと思います。「corner」([oo..aa])と「(試合)巧者」([oo…a])で踏んでいますね。しかも、「巧者」が「corner」の発音に近づけて発音されています。話し言葉での「巧者」の発音とだいぶ違いますよね。
次の韻は、「(ひた)隠し」と「(追い込む)策士」([a..u..i])です。三つの母音がハッキリ揃っていますね。それに子音も[k…k…sh] vs. [s…k…sh]とほぼ同一になっているので、韻が聞こえやすいのでは? 村上さんもこの二つの単語を強調して発音しているように感じられます。
サビ
ここからが、この曲の韻の真骨頂だと思います。まずこの曲のキーワードとなっている「五角形」。この単語、書く時は「ごかくけい」ですが、「く」の母音がほとんど発音されません。最低でも無声化しているでしょうし、「ごかっけい」と母音が完全に消えて発音される場合が多いのでは? そして[ei]という母音連続は、日本語では[ee]と発音されるので、「五角形」というキーワードからは[o…a…ee]という母音が浮かびあがってきます。
このキーワードにまず、「を賭け」([o…a…e])が重なります。「(五)角形」と「(を)賭け」の部分は子音[k…k]も一緒なので、ここは韻が鮮明に強調されていると言っていいでしょう。しかも、メロディやリズムも揃っていますよね。「五角形」と「を賭け」がそれぞれ、「ごかっけー」と「をかっけー」と発音されていて、子音・母音・メロディー・リズムが全部揃っているように思えます。
個人的には、次の韻が好きなんですよ。「対角線(たいかくせん)」ですが、「く」の母音が無声化しています(この母音は消えてはいませんね)。だから、この単語は[a…<u>…e]で終わることになる(<u>は無声化した母音を示します)。だから、[a…e]の韻に参加できる。まったく同じ母音が繰り返されているだけよりも、こうやって無声化した母音が挟まっているのに、それが邪魔になっていないところが好きです。無声化した母音最高。
つぎに「ひかって」「関係」「あせ」「がけ」と、[a…e]を持つ語句がたたみかけるように合わさってきます。だから、イントロ部分の「果て」も、イントロ内部では韻として機能していないんだけど、このパートへの伏線になってるんじゃないかと思うわけですよ。
あと、ここでは子音に注目したくなります。わかりやすいように書きかえると[katte]---[kake]---[ase]---[gake]ですね。一個目の子音に注目すると、「関係」と「がけ」なんかでは、[k]-[g]が組み合わされています。この二つの音は、とても似た音で、違うのは声帯が振動するかどうかだけ。両方とも、「軟口蓋」という場所で口が閉じ、破裂を起こす「破裂音」という音。(ただ、ここの[g]が微妙に鼻濁音化していますかね?)
それから「ひかって」と「関係」のペアで出てくる二番目の子音、[t]-[k]もお互いに似ている子音です。これは、声帯の状態(「無声」)も発音の仕方(「破裂音」)も一緒で、口のどこで発音するかのみで異なります。前者を「無声歯茎破裂音」、後者を「無声軟口蓋破裂音」と呼びます。でも、どちらも「無声破裂音」です。
「関係」と「あせ」の二番目の子音ペア[k]-[s]ですが、こちらもどちらも「無声阻害音」という、響きとしては、わりと近い部類の音になります。さっくりまとめると、ここの韻に参加している単語のすべての子音が「無声阻害音」なのです。(こういう技巧もあるから、「韻=母音」と定義するのは危険なんです。)
あとは、ここのリズムも私好きです。「ひかって」「かんけい」という「たったー」というリズムに合わせて、「あせ」も「あっせー」に「がけ」も「がっけ(−)」と発音されている。こうやって韻を踏んでいる単語が普段と違った風に発音されて、同じリズムが繰り返されると躍動感が出てくる気がしませんか?
Green corner
「ビート」と「振動」が[i…o]で韻を踏んでいることは間違いないですね。たぶんですが、「緻密(ちみつ)」の[i…i…(u)]も「ビート」の[ii]部分に関わっているかも。深読みしすぎかなぁ。
酒井さんに教えてもらったよポイント!:「Green corner」と「振動が」が[i…o…a]で揃っています。川原としては、「Green corner」と「振動が」は「ビート」に挟まれていて隣通しでなかったため、ここに気づけなかったです。無念!
Yellow corner
あまり露骨(?)な韻ではないですが、「corner」「のは」「交差」が[o..a]で「しのばせ韻」が入っている感じ。黒沢さんはあんまり韻を強調した発音をしていないですね。なんか見逃しているかも……(汗)
酒井さんに教えてもらったよポイント!:「Yellow corner」と「(いきのこ)れるのーわー」という韻をしのばせている。これは自分で気がつきたかったです!! 前者は[e…o…o…a]で後者は[e…u…o…a]なので、[o]と[u]が完全に一致しているわけではありません。しかし、ここで興味深いのは、まずは「いきのこれる」の「る」は現在形を表す接尾辞なので、弱く発音される傾向にある存在感の低い母音だということ。そして、[o]と[u]はとても似た母音であるということ。両方とも、舌が後ろにさがって、唇が丸まる音です。母音が完全に一致していなくても韻を紡ぎ出してしまえるものなのですね。
次のサビ
サビで[a…e…]の韻が繰り返されているのは上記の通りなんですが、「果たして」が絡んでくるのが良いですよね(笑)母音を抜き出すと[a..a..i..e]なんですが、「し」の母音が無声化しているから、最後の[a…<i>…e]は[a…e]と揃っているんですよ。ライブでこの曲を始めて聴いたときは、ここの部分で私はノックアウトされました。
いや、上でも言ったんですが、ただ単に母音が揃っているだけじゃなくて、こうやって「無声化した母音」を間に仕込んでくるところに技巧を感じるんです、私。
似たようなことが「タフ・ゲーム」にも言えますね。これ歌詞カードではカタカナで「タフゲーム」と書かれているんですが、おそらく歌っている側の意識としてはtough gameなんじゃないかなぁ。そうすると、[a…e]が生きてくるんですよね。私は個人的に、こうやって日本語と英語で踏んでくる韻も好きです。日本語だけでは表現できなかったことが表現される気がするから。あと英語のリズムと日本語のリズムが溶け合うような感覚もする。
あとは当たり前なんですが、大事なのは「響き」であって「文字」じゃないんですよね。「文字どおり」だったら、母音が無声化しているとか、tough gameは英語っぽく発音されているとかは伝わらない。あくまで聴いた響きが大事。アカペラなんだから当たり前っちゃ当たり前ですが、歌詞カードとにらめっこしてても聞こえてこないことがあるんですね。
Orange corner
北山さんのパートですが、「Orange corner」と「低音波」が[e…o…a]で韻を踏み、「低音波」と「のか」でさらに韻が踏まれています。「wow」と「をぉ」も「しのばせ韻」かもです。黒沢さんと同じく、北山さんはあまり「ここが韻でっせ」という発音の仕方をしていませんね。
Blue corner
「Blue corner」と「有効打」で[u…o…a]が合っていますね。ここで安岡さんが「有効打」の「こう」の部分を強調しているので、ここは前の二人よりも韻が聞こえてきやすいです。そこから「有効打」と「ルートだ」「周到な」は母音が全部合っている([u…o…a])。それから、「打」っていう漢語と、「だ」とか「な」っていう助詞を韻で合わせてくるところも好き。単語を合わせるだけじゃないのよ、韻は。ときにこうやって助詞なんかも韻に組み込むのよ。
あとは深読みかも知れませんが、「勝利」「美酒」「周到」は全部「SH」音が入っている。ここは語頭の子音を合わせる「頭韻」が踏まれているんじゃないかなぁ。もしかしたら「最短」と「マスター」の「S」音も同時に関わっているかも。あれです、俵万智さんの『サラダ記念日』に出てくる「7月(しちがつ):SH」と「サラダ:S」の頭韻と似た感じ。
全体を通して
とにかく、この曲のキーワードは「五角形」だと思うんです。だから[a…e]を中心とした韻が繰り広げられている。それと同時に[k]音もくり返しでてきていますよね。「corner」「賭け」「関係」「巧者」「隠し」「策士」「ひかって」などなど。こうやって「五角形」というキーワードを中心に、母音と子音でつながる単語がちりばめられて各所に繋がっている。この曲は5人が戦っているというていではありますが、韻を通しても5人が繋がっていることが感じられる。そんな曲なんだと思います。
くり返しになりますが、以上の分析は川原繁人の個人的な意見です。ゴスペラーズの意見を反映するものではありません。