キオスクの乙女
最寄り駅のキオスクに小動物系の、どの動物かと言えばリスっぽい乙女(以下、リス子さんと記す)がいるのだが、そのリス子さん、リスっぽくて可愛らしいというのは勿論のこと、接客のサービス精神が逸しているのである、常軌を。
キオスクに来店するお客に対して癒しの笑顔を惜し気なく振り撒きながら、プリンのような物腰の柔らかさから「今日も一日頑張ってください(おんぷ)」と非言語メッセージを伝えてくる(私の恣意的解釈であるが、そういう陰翳があるのである)かのリス子さんは、陰りある接客業界をそのリス子スマイルで照らし、領導する存在であることはまず間違いない。
そこで私はある時、自身のカッサカサの唇を癒す為にリップクリームを買いに行った。「すみません、リップクリームありますか?」という私の問いに、彼女は刹那思案し、「ちょっと待っててくださいね」と言ったあと、遠くに吊るされていたリップクリーム全種をわざわざレジまで持ってきて、「これしかないんですけど、どれがいいですか?」と、笑顔で魅惑的な前歯を見せながら私に伝えた。リス子さんは私の唇を癒す前に既に心を癒していたのである。
私は、その一件を境に、「リス子さんの接客の素晴らしさ」を本人に伝えなければならないという使命感に燃えた。その純然たる使命感の中に、「ぶっちゃけリス子さんとお近づきになりたい」というよこしまな情念が混入していたかと問われれば、それは否定できないし、むしろ渾身かつ全速の首肯を見せざるを得ない。
「あの、これナンパとかじゃないんですけど、めっちゃ可愛いっす!」
私は意を決して、リス子さんにそう伝えた。前置きとして「あの、これナンパとかじゃないんですけど」と述べることによって、チャラさを抑制する作用をもたらした私の言霊は、リス子さんに純然と伝わり、「えっ〜?!そんなことないですよー!」という彼女のリアクトをもって、私たちの微笑ましいコミュニケーションは幕を開けた。
無論、その後に彼女の接客の素晴らしさも重ねて伝えることは怠らなかった。私は色香に惑わされて、事の本義を忘却するほど愚かなチャラチャラパァな人間ではない。「あの、連絡先とか交換できませんか?」と放言したあたりから理性は飛んでいたが、リス子さんはどうやら彼氏がいるらしかった。私は続けて「そういうの僕は全然大丈夫です!」と、なんのこっちゃなトンチンカンなことを言いながら結局、一方的に自分の連絡先だけをリス子さんに託した。
さて、上記では私ががっついている様を意図的に強調して描写してきたが、実際は良い感じであったのである。俺とリス子イイ感じ、だったのである。客観的に見ても空気的には「わかりました!じゃあ連絡しますね(おんぷ)」ぐらいのフランクさがあった。しかし、私の携帯は未だに彼女の連絡を受信しない。「なんぞこれ」私はつぶやいた。
結局なにが言いたかったのかというと、彼女、リス子さんの接客態度は、一人ひとりのお客を機械的に見るマニュアル的なものではなく、真に「一人ひとりのお客」として見て接していたということである。その接客態度が神がかっているがゆえに、一人の青年は、「この人、もしかして僕のことラブ?」と微笑ましい勘違いをしてしまったという、切なくも滑稽な小噺である。