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小説「ぼくと ぱく しらいし」1

まえがき

 ぼくはこれまで幾つかの短編小説を描いてきたのだけれど、描いているうちに自分の作品はどちらかといえばSFに近いものだと気付くようになっていました。処女小説である「風の仕業(いたずら)」も実際に中年男性が堂島地下やアバンザ(現在転職してぼくはこの小説の舞台になった辺りで働いている)で、独身女性に声かけられるなんてことはまず有り得ないことだし、「ホーチミン・シティ」という小説もそこに出てくるグエンが日本人の子供だということは有り得ても、父親と再会して室生寺に詣でるなんてことは「作り話」の域を出ないんじゃないかと思えるのだが、それはそれで「そんなこともあってもいいんじゃないか」くらいの事で、その辺が『SF』たる所以です。「おはよう。」という小説も男女の出会いを描いていますが、多分にSF的であり、ぼくのそれは「日常生活の冒険」と言えなくもないです。まだ未発表ですが「デラシネ」というサスペンス長編小説があります。将来あっこれかと言ってもらえる日が来るかも知れませんが、ここには主人公の「おれ」が鞄にチャカを忍ばせて大阪の難波や兵庫の尼崎辺りを歩き回るんですが、芥川龍之介の「杜子春」をイメージして作っております。このように現実に起こり得ないことを、さもあり得るんじゃないかと思わせるような作品をこれからも描いていきたいと思っている次第です。

 さて、彼は東京のJR総武線沿いの私立大学に通う大学生で、一つ上くらいな女の子(後で同い年と分かった)と、ある場所で知り合うことになるのだが、都心のオフィスのような場所にしてはちょっと変わった空間があって、こんなの東京で見たことないよと言われたら確かにそれはSFだとお答えするしかないんだけれど、こんなんあったらいいのになあって思ったことがあると直ぐそれを実現したくなるのです。例えばもう今ではヤフオク(名称が少し変わった)やメルカリなんてもう誰でも利用しているけれど、逆バージョンがあってもおかしくないと思う。つまり「こんな物が欲しい」と出品(?)すれば多数の人が、値を付けてそれぞれ「私が持ってますよ、それ」と言って参加する。多数参加するから一種のオークションだけれど、違うのはこれまでのヤフオクやメルカリだと最初にこんな商品があると出品していて、その商品が欲しい人それぞれが欲しいと落札するか、メルカリなら即買いを選んで契約成立するところなんだけど、真逆の売買があってもいいのかなと勝手に思っている。

 またはこんなのも有りかなと思っている。最近大阪の梅田の一番混雑しそうなところに高齢の女性たち7人くらいが集まっていた。声をかけると(ナンパじゃないよ)それぞれ手荷物の結構大きなスーツケースがあることが観光の邪魔になっているようだった。行き先を聞いたらスカイビルという。紀伊國屋書店前からは歩けば結構ありますよと伝えると、天王寺方向へ御堂筋線で帰る予定らしく、どうしても預ける場所を探してから行くという結論に達したらしい。この書店の周辺は外国人旅行者も今では結構多いからロッカーは満室?状態になっていたりする。そこで、家に帰ってから思い浮かんだのは、今都心ではオフィスビルの中は空室が多いそうだ。そこに彼女らのバッゲージ(スーツケース)を預かり一時的に(1日いくら)その空いているスペースに入れるというビジネスだ。やってみたい人がいたら(?)一報をwww。


「ぼくと ぱく しらいし」

1 「しらいし」は 白石

 全く意図しない状況からある女性と知り合うことになった。去年のある日「ぱく しらいし」という文字がひらがなでノートの表紙の裏に書かれているのがぼくの目に入った。何だろう?という疑問符がぼくの頭の中でグルグル回り出した時には白石さんという存在が気になり始めた時だった。しらいしは白石で、ぱくは朴で韓国姓に多い。しらいしは乃木坂だった白石麻衣や女優の上白石萌音を思い起こさせる。でももしかしたら連名なのかも知れない。つまり白石という名の彼女と朴という彼氏の連名だ。もしかして二人が共同でここのスペースを使っているのか?いや、でもここはそれが許されないはずだ。顔認証とか入店するにもここで自分の決められた機器を利用するにしても個別にパスワードが設定されているからだ。第一そのぱく(パク)さんがここで彼女と話し合っているところを見たことがない。ここは東京メトロ丸ノ内線の新高円寺の駅前のビルの中にあるけれど、まだあまり知られていない。

 彼女はいつも決まってぼくがここに来る時には結構広めのデスクに座り、いつもの席に腰掛けていた。結構広めのスペースに広めのデスクがあるが、気が散らないようにガジュマルとかぱパキラとかの植物の植え込みや頭が少し見え隠れするくらいの仕切りのwallとかうまく他の人と目線が合わないように工夫がされている。図書館みたいだけど、本がない。あるのは誰もが自由に使える珈琲とかジュースとかお茶とかドリンクの自販機で、会員は自由に使えることになっている。ネカフェに似ていなくもないが、寝るスペースがない。でもかなりしてから分かったことだけど、キャンプ用とかに使うような頭まですっぽり入る組み立て式の長めのチェアがあって、そこではいつでも寝れるということが分かった。ただそういった人が寝そべっているような光景をぼくはまだ一度も見たことがない。みんな寝ている暇なんかないからだろうし、仕切りにノートパソコンに何か打ち込んでいる人たちばっかだ。みんなそれぞれがそれぞれに忙しいのだ。


 「いやあ、これは話の続きだけどね」とぼくが言う。

 「どっからの?」と彼女がキーボードを打ちこむのを止めてぼくに聞く。「いや分かんない。あのさ、日本語の難しいところかなこの辺が。外国の人には日本語が理解できないところだと思うけど。例えば、ぼくが白石さんに例えばの話だけど、愛してると表現するのに『とっても愛している』はいいとして、『すごく愛している』もいい。だけど『大いに愛している』とは言わない。『大変愛している』とか『非常に愛している』とかも言わないよね。「ほんとに」とかの副詞は「ほんとにほんとに」とか強調すればするほど、繰り返すと何だか余計にウソ臭くなっちゃうしね」

 白石さんは「じゃあ、あなたは私にどれくらい愛しているの?」と照れずに普通に話しかけた。ぼくは照れて「いやあこれはあくまで例えの話だから、日本語の問題を言ってるだけ」と断りを言う。「何だつまんない。」と彼女は口を尖らせて抗議する。内心そんな言葉より抱き付くという表現で表すけどなぼくだったら、と思っているけど言葉には出さない。「何か考えているでしょ?」と白石さんはぼくの心の中を探って来たけど、目を逸らして誤魔化した。彼女の感覚は鋭い、どちらかというと武蔵野にあるデザイナー志望の美大生のような気がした。何だか他人の考えている心の中が分かるんじゃないかとさえ思えてきた。会ってまだ一ヶ月しか経たないのにこれじゃ、先が思いやられる。いやそんな事思っただけど彼女の思う壺だと空虚に振る舞うことにした。ぼくが利用し始めた時には既にそこには彼女がいて、きっと医学生志望なんだろう、医学関係の専門書とかをデスクで並べてあった。高機能脳障害に関する本とか解剖学や心臓血管外科の試験問題集や消化器外科に関するマニュアル本、臨床工学技士の本など。それらは少しずつ変わっている。毎日そこにいるとしたら浪人生なのかも知れない。最初の頃一度彼女に声をかけたことがある、挨拶程度だけど。それから見かけるたびに都合10回くらい挨拶してはいつも無視されていた。振り向きもせず自分のデスクワークに集中しているのが通例だった。

 これについてはずっと後のその年の夏にほんのちょっとしたきっかけで分かったことだけど、彼女は少し長めの髪が耳を隠していて気付かなかったんだけど、白いiPodsが両耳に差し込んであったのにぼくは気付いた。何だ、それでか、それでずっと無視されていたわけだった。そんなものだ。ところで彼女がワークに使っているiPad 11 proはここのレンタルだと思う。ぼくはiPhone 13miniを借りている。借り出しもできるようになっている。もちろん使用者の身分証とか一定の条件があるが、ぼくの場合は朝借りて、夜ここに来て帰るまで使って、それを保管しておく自分専用の引き出しの中に入れる。そのまま充電されるようになっているから割と便利なものだ。月々の支払いがここのスペースでの使用料を含んで2万5千円。人によってはそれでローンで買えばいいじゃんって言う人がいるかも知れない、彼女もそっち主張派だけど、ここを使いたかったし、iPhone 15 pro は高いし自分には大きすぎて必要がない。スマホを持っている白石さんはここでタブレットを使うために利用している。ぼくとちょうど真反対だ。身分証であればぼくは免許証を持っているし、彼女も保険証を持っているからそれで事足りるが、もしそれもなければマイナンバーしかダメなんだろうと思う。

 生ぬるい血の混じった唾液が喉を通じて体内に降りていくのが気持ち悪かった。でも白石さんが白衣を着てぼくを見下ろしているところを想像して我慢していた。昨日初めて行く歯医者で左上の奥歯を抜歯した。厳密に言えば、奥歯はとっくにに抜いているからその手前にあって今は奥歯になっている歯だ。その歯が虫歯で少し欠けていてぐらつき、食べるにも支障が出ていた。医者は放置すればその隣にも影響が及ぶ、出来たら抜いた方がいいと言うのでそうした。その時歯の全体像をレントゲンで映したものをイラスト図にしたものが気に入った。今はこんなになっているのかとちょっと感動した。それがこんなのぼくも描いてみたいと思うようになった原因だった。でもそれはタブレットのようなものではなく、スケッチブックに鉛筆で書いてそれに色鉛筆で色彩を付けるくらいのもの。それからぼくはリュックに小さなスケッチブックを共にするようになった。そして時折白石さんの横顔をスケッチするようになった。


 ある日白石さんが初めてぼくに口を開いた。誰に言うともなく「おんかかかびさん まえいそわか」と呪文のような言葉を発する。イヤホンが彼女の書きかけのノートブックの上にあった。「何それ?」とぼくが言う。「え?いえ、ごめんなさい」と少し照れたように言ってから、またイヤホンを耳につけて自らの世界に入っていった。ぼくとの会話じゃなかったのかよ。

 まただいぶ日が経ってからだと思うけど、ぼく達は「正式に」会話をするようになっていた。「あなたは何を目指しているの?大学生だと思うけど。」確かにぼくは成蹊大学法学部の学生だった。優秀な学生なら在籍中に司法試験を受けたり、官僚になるための実力を身につけたり、あるいは都心のビルのかなり上の階層にあるような会社のオフィスに通う会社員を目指して、3回生の時には既に内定もらって、短期留学を現実に実行している者もいたりするはずだ。

「売れない短編SF作家」とぼくは答えた。「ダメじゃん、売れなきゃ」と即座に彼女は答えた。そして「私が読んだげる。」と言うので後で見せると答え、「きみは?」と少し気障にぼくは問いかけた。「私は今勉強中だけど医学の道に入り、女医さんになるとこかな?」と答えた。だから彼女が浪人してまでもその道に進む勉強をしているのかと初めてぼくは合点した。「じゃ、女医さんになったら、ぼくはきみに食わせてもらって、一日中特に働かないで、盛んにSF描いてればいいね」と地球に降り立った星の王子さまのような感じで冗談で言った。すると白石さんは笑って「それもいいわね。」と満更でもないというふうにどこか室内のくうを見つめるように答えた。そして席を立って二人分のホットコーヒーを持って戻ってきた。コーヒーがぼくの嗜好品であることは彼女は知っていたのだ。ちょっと感動した。コーヒーカップの一つをぼくの前に差し出して、自分のをくるくる右手の中で回しながらどっかまた空を見つめていた。その空の先には時計があり、ちょうど午前11時を指していた。「あのさ、お腹空かない?」ぼくはお腹ぺこぺこであることを右手をお腹に押す動作をして彼女に伝えた。「私、夕方から塾講師のバイトあるから。今日は給料日だから何かおごったげる。」と気前よくぼくに話した。それがきっかけだった、彼女と二人で街に繰り出しデートをしたのは。

 白石さんとは英語の志向が違う。ぼくは大体「ニュース英語の読み方」という本を読んだり、最近は「ENGLISH JOUNAL」という雑誌を見たり、時には「Distinction 2000」という重たい単語の本を見たりしている。あと最近見つけた「日英対訳 世界の歴史」を読んだりしている。後はYouTubeのドイツの英語放送「D W documentary」というのを気に入っててよく見ている。それはぼくの今やっているバイトと関係がある。バイトは都心のどこにもある有名な書店での仕事だけど、それについてはまた今度触れることにするとして、白石さんは「理系の英語論文術」を主に活用しているみたいだった。それはぼくが文系で彼女が理系の違いなんだろうと思う。だけどそんなことでつまらない喧嘩になったりすることなく、逆にそういった違いが功を奏しているように思えるのだった。


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