Blessed-Cursed:そして僕らは0に戻る、全然 be all right (後編)
鳥は殻を破ろうと闘う
ENHYPENの物語とタロット、錬金術。
なぜ私がこれらを結び付けて考察してるのか。
前編に引き続いて、「0に戻る」というテーマについて語る前に、少しそのことについても触れたいと思います。
実は、タロットと錬金術、そのどちらもが、善-悪、光-闇、陰-陽、男-女、秩序-混沌、生-死など相対立する2つの原理によって世界が成立するという二元論を調和、統一する物語だといわれています。(※補足1)
そしてENHYPENの物語も同様に、二つの世界を結びつけ調和しようとしている物語だと思うのです。
I-Landの冒頭部分。
ヘルマン・ヘッセ『デミアン』の一節が引用されていたことを覚えていらっしゃいますか?
この一節には続きがあります。
「デミアン」は光と闇、陰と陽、二つの世界の間で戸惑いつつも、主人公のデミアンが真の自己を求めていくという作品。
ユングはこの一節に出てくる神アプラクサスを
"善悪両面の機能をもち、二元論的な世界を統合する象徴"
としています。
ENHYPENの物語でも、Trailerの段階から相反する二つの世界については示されてきました。
そして、彼らはヴァンパイアという"不死の存在"として設定されています。
生きとし生けるものにとっては、1番超えがたい"生と死"という2つの世界の境界を超越した存在。
分断された2つの世界を繋ぐというのはI-landの冒頭部分からすでに示されていた彼らの宿命なのです。
さて、ここからが本題。
前編で書いたように、HYBEのストーリーの根底には「終末の世界」という設定があるように感じています。
タロットの物語でもそう。
タロットの物語は愚者の旅、Fool's Journeyとも呼ばれ、ユング心理学では心の成長や変容のプロセスを示すとも解釈されています。
前編で取り上げた終末の世界での「最後の審判」。
そのあとに訪れるのは、二元論的な世界の統合を表し、完璧な調和やバランス、完成を意味する「The World / The Univerce」。
カードに描かれている赤いリボンは無限大∞、周りの天使・鷲・牛・ライオンは風・水・地・火の四大元素と解釈されています。
ColdplayとBTSのコラボ曲「My Univerce」。
この曲には国籍や人種などを乗り越えた調和というメッセージが込められているそう。
私はそのメッセージと「The Univerce」のカードに共通するものを感じるのです。
この「The World / The Univerce」というカードは22枚ある大アルカナの中でも1番最後のカード。
タロットの物語はここで終わりではなく、新たな始まりとして0へと戻るという解釈もされています。
終わりは始まりでもある。
螺旋階段のように続いていく旅なのです。
やっとゼロへと戻る
タロット大アルカナの0番は「愚者(The FOOL)」。
韓国語では바보(パボ)です。
ウェイト版タロットの作者によれば、愚者は
「異世界から来た王子様」
「経験を求めるスピリット」
経験や知識、新たな出会いを得ながら旅をする星の王子さまのイメージとも少し重なります。
秩序や常識を覆し、新世界の契機になる何者でもない者たち
これ、ENHYPENの物語において、かなり重要なキーワードだと思うのです。
Let me Inの歌詞に出てきたNemo。
ラテン語では「誰でもない、何者でもない(nobody)」を意味します。
そして、これはオデュッセウスが怪物に名前を聞かれた時に「ウーティス(誰でもない)」と答えたという話に由来するそう。
また、Darkmoonの記号である∅(空集合)。
要素がゼロの空集合はどの集合にもなりうると定義されています。
彼らは常に「Who am I?」と自分のアイデンティティを探しています。
ゼロ=何者でもない集合だからこそ、何にでもなれる可能性を秘めていると思うのです。
詳しくは下のnote参照。
ここでもう一点気になることが。
Dark moonに出てくる女の子"スハ"の名前の意味についてです。
수하(スハ)は漢字で書くと"誰何"。(※補足2)
「Who are you?」
つまり、あなたは何者なのか?と問う存在とも言えるわけです。
ノベル版では霧に姿を変えることができるスハ。
霧という誰からも見えず、何者なのか特定することが難しい存在になっていても、ヘリはスハを見つけることができます。
お互いに相手が何者なのかわからない状況でも、彼ら自身のアイデンティティを確認しあい、認め合える存在として、そのような名前をつけられているのだとしたら、とてもおもしろいと思いませんか?
もう一人の愚者ディオニュソス
ここでもう一度、愚者の話に戻ります。
ウェイト版タロットに次いで有名なデッキであるトートタロットや神託のタロットでの愚者はディオニュソスです。
トートタロットの方はなぜだか少しピーターパン味がありますね。
ディオニュソスはギリシャ神話でワインと陶酔の神。また死と再生の神でもあります。
酒(ワイン)と陶酔
Drunk‐Dazed
タイトルからしてディオニュソスを彷彿とさせるDrunk-Dazed。
同じくギリシャ神話の光明神アポロンの象徴であるハープ(竪琴)のイントロから始まるGiven-TakenとDrunk-Dazedは対極的な位置づけであると考えています。
ディオニュソス的:混沌、情熱、本能
アポロン的:秩序、合理的、理性
ニーチェはこの二つの力が融合することによって、芸術が最高のものになるとしています。
芸術こそが生きることを可能にする偉大なものなのだ、とも。(※補足3)
千葉雅也『現代思想入門』では、ディオニュソス的なものを"自分でコントロールできない無意識的なもの、自分の中の「他者」である"と意義づけています。
そして、二項対立、二元論的な物の見方を解体し、新たな構築を試みる「脱構築」をするためには、このようなディオニュソス的な思考が必要だとも述べています。
BTSの曲『Dionyusus』の一節
まさに、この一節に愚者"ディオニソス"が全て詰まっていると思うのです。
ENHYPENと脱構築いろいろ
Drunk‐Dazedの振付師Nick Joseph氏は、フロアを回転する振付について、元々あった自分のコレオをDrunk‐Dazedのフォーマットや目的に合わせて再構築したと語っています。
これもまたある種の脱構築だと言えるのではないでしょうか。
ENHYPENのコンテンツにはこのような「一度壊す→再構築」が度々見られます。
先日公開されたSTUDIO CHOOMのMIX & MAXでのパフォーマンスもそう。
あのパフォーマンスも「一度壊して(殺して)、また再構築する」という
死と再生のディオニュソス・脱構築のストーリー
だとも読み解けると思うのです。
EN-O'clockには時折、彼らを細胞に例えた字幕が出てきます。
私たちの体はたった一つの細胞である"受精卵"が細胞分裂して出来上がります。
元々、細胞には何がどこの細胞になるのかというのはプログラムされておらず、何にでもなれる可能性を秘めているそう。
ある程度数が増えていき、周りの細胞との関係性によって、心臓になるか、血になるか、筋肉になるかが決まっていくのです。
昨今、再生医療の分野で注目されているips細胞といった万能細胞。
自分自身の体細胞の機能を一度リセット=ゼロに戻すことで、新しい場所で別の機能を持った細胞として再生させるというものです。
今まで構築されていた細胞の役割を一度壊して、再構築・再生する
ENHYPENはまさに万能細胞のようなものなのかもしれません。
またこれは、私たちの人生において、学校や職場など置かれた環境によって、周りの人たちとの関係性で自分を確立していくという"自分探し"にも通じるものがあるのではないでしょうか。
さて。
ここまで長々と書いてきましたが、ここに書いてきたような二つの世界を統一するというお話、実は皆さんにとても馴染みの深いものにすべて含まれているのです。
それはずばり
韓国の国旗、太極旗
四隅にあるのは陰陽五行説から生まれた易学で使われる四卦の図像。
乾・坤・坎・離の四卦は天(風/空気)・地・火・水の四元素の他、東西南北、春夏秋冬など様々な事象を表すそうです。
また、X字、対角線に配置された乾坤(天地)は無窮の精神、坎離(月日)は光明の精神を表します。
本来であれば
陽(赤):光、太陽、火、昼、生…
陰(青):闇、月、水、夜、死…
なので、ENHYPENの陰陽は太極旗の赤と青とはまったくの真逆です。
陰陽というのは表裏一体。
完全な陽、完全な陰というものはなく、陽の中に陰もあり、陰の中に陽もあり、そのバランスが大事だといいます。
ENHYPENは太極図でいえば、白い部分の黒丸、黒い部分の白丸。
赤と青の陰陽が真逆なのは、陰の中の陽、陽の中の陰ということを表しているのだとも考えてもいいのかもしれません。
この陰陽五行説は太極旗だけではなく、Go Big or Go Homeにも関連の深いユンノリの他、ハングル文字などにも取り入れられています。
また最近ちょこちょこ登場する囲碁の碁石も陰陽を表すのだとか。
卵は一つの世界だ
生まれたければ一つの世界を壊せ
韓国文化に深く根差した陰陽五行説。
陰と陽、相反する二つの世界を繋ぐというのはKpop・韓国文化のアイデンティティであると同時に、錬金術やタロットのように古くからの西洋文化や哲学にも通じる世界共通認識でもあるのかもしれません。
そして実は、この話はそれだけにとどまらず、物理学にも繋がってきます。
To be or not to be
古典物理学や今までのコンピュータでは、まさにこの言葉の通りに
「1=有・存在する」 or 「0=無・存在しない」
ということがとても重要な問題でした。
ところが、現代物理学(量子力学)や量子コンピュータでは
「0と1の重ね合わせ」
無と有が同時に存在すると考えられています。
こう考えることで、マルチバース(多世界解釈)といった無限の可能性が広がるわけです。(※補足4)
このコンピュータにも使われている「0と1」の二進法。
数学者ライプニッツが「陰陽」「易経」に影響を受け確立されたと言われています。
0と1はスイッチのOFFとON、無と有でもあり、陰と陽でもあるのです。
とすれば、「0と1の重ね合わせ」はまさに陰陽統合でもあると言えるでしょう。
二つの世界を繋ぐことで無限の可能性が広がる
0=何者でもないと同時に無限の可能性を秘めているENHYPEN。
卵=1つの世界、秩序や常識を覆して、どこまで飛んでいけるのか。
これからのENHYPENの物語がどのように広がっていくのかとても楽しみです。
以上…
今回も非常に長くなってしまいましたが、ここまでお読みいただきありがとうございました。
ENHYPENの世界観、HYBEの哲学、ひいてはK-POP全体のベースにあると思われる思想について考えてみました。
すべて私の個人的な見解になります。
こういう見方もあるのだなぁと温かく見ていただければうれしいです。
⚠ここからは補足説明になります⚠
【参考】
デミアン / ヘルマン・ヘッセ、高橋健二 訳
吸血鬼イメージの深層心理学―ひとつの夢の分析 / 井上嘉孝
タロットの秘密 / 鏡リュウジ
最強のニーチェ入門 / 飲茶
現代思想入門 / 千葉雅也
🔗대한민국의 국기(大韓民国の国旗)
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