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ブラジルの備忘録 22

備忘録22
 ある日彼女は、家のアパートの窓辺にたたずみ、ぼーっとしているようだった、話しかけようと何をしようと、何も答えない。様子が変なのである。そうしてその状態で、すーと台所にいったと思うと、今度は料理を作り始める。その状態で料理を作るので、なんと家主から借りていたガス台を焦げ付かせてしまう。
 料理自慢の彼女は、彼氏に料理を作っていたのだろうか、彼の事を思いすぎていたのだろうか。わからない。何しろ、気が付くとガス台の火がそばにあった布巾に引火して、燃えていた。私は慌てて消したのだが、お借りしていた大事なガス台に焦げ付きが出てしまった。ガス台のフタであるプラスチック部分が、溶けてしまった。これは、家主に報告しないわけにはいかない。
その火事騒ぎから数日して、ある日、真夜中に、男女の話し声でふと目が覚める。私はリビングのソファで寝ていた。寝室はキムに貸してある。話し声は外からではなく、金の部屋から聞こえる。「まさか、彼を部屋に呼んだのだろうか」。突然のことながら夜中に話声で起こされ、「トイレに行きたい!」と思ってしまった。私は隣の部屋に行って確かめる勇気がない。おそらく、金は彼氏と一緒にいる。トイレは、金の部屋の隣にある。金の部屋のドアは閉まっている。この状態でなんとか明日の朝までトイレは我慢できようか。要するに、尿意のせいで私は眠れなくなってしまった。朝5時、ギ
―という家の扉が開く音がした。そうして、何者かが家の外に出ていくのを感じた。それでも、私は頑張って寝たふりをしていた。「原則、友人を家に呼び入れない」という誓いは打ち破られた。それ以上に、私は女性のはかなさを感じた。金はとても律儀な女性だ。翌日、なんとか金から事情を聞き出した。彼女曰く、デートしているうちに遅くなってしまい、家に泊めたという。確かにブラジルは夜半過ぎ、外を歩くのは大変危険だ。ただ、知らない男性を無断で部屋に止めたという憤りから、私はその後、金と分かり合えなくなってしまう。恋をしている人の心には羽が生えているらしいが、それを眺めている回りにしてみれば、地に足がついていないということになってしまう。私はこのまま金と共同生活をしていることに疑問を覚えていた。やはり、何かが変わろうとしているのだろう。リオに行くことを考え始めた。

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