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ブラジルの備忘録 21

備忘録21
彼女と私は同じ大学には通っていても、あまり家では話さなかった。私は夜、たいてい歌いに行ったり、知り合いに会ったりしていて忙しく、彼女は彼女でディスコに行ったり、友人に会ったり忙しく、家でゆっくり話をする暇が私たちにはなかった。家は狭かったが8畳のリビングと6畳の部屋があり、6畳の部屋の方を彼女に貸していた。私は歌の練習をしなければならず、オーディオがあるリビングの方が私には都合がよかった。家にいてもめったに話さない私と彼女であっても、彼女の様子がいつもと違うくらいはよくわかった。何かいつも上の空で、男性から彼女の携帯に電話がかかってくるのか、急に上機嫌な声のトーンになったりしていた。
 ある日私は思い切って聞いてみた。
「なんかきれいになったみたい。彼氏でもできたの?」
彼女は何も言わなかったが、急に、
「お友達を家に呼びたいの。男性なんだけど」
という。彼女を家に呼ぶときから私がお願いした条件が一つだけある。私の知らない人は呼ばないでほしいとお願いしたのだ。私は、
「でも、それは、最初の条件と違うから」
と言っても彼女は引かない。
「大丈夫。絶対に迷惑はかけないから。」
話の調子からだと、彼女はもう家に呼ぶことを決めてしまって、相手にも「いついつに部屋に遊びに来て」、と伝えているようだった。私は、いやいやながら承知してしまった。何度首を横に振っても彼女は強い調子で私に詰め寄るのだ。
「断るんだったら、家を出ていくのも辞さない」、そんな感じだった。ルームシェアしているとはいえ、もとより、彼女の身の上を心配しての私の申し出だったので、大した額を部屋代として徴収しているわけではなかったから、私は彼女に出て行かれても、一向にかまわないのだが、何か彼女に協力したいような気になり、オーケーしてしまった。そして、後悔した。私は一応どんな人が家に来るのか聞いてみたいと思った。ブラジルは強盗、殺人が横行する危険国である。彼女の知り合いだとはいえ、知らない男性を家に呼ぶのはかなり勇気がいった。とりあえず、どんな人なのかを聞いてみた。
「バスの車掌さん。なんとなく仲良くなったんだけど、まだ若くてハンサムなの。」
なるほど。そういう出会いだったのか。
 彼女と私は10歳くらい違っていたので、ちょっとした老婆心もあり、その男性を家に呼ぶことを積極的に承諾した。どんな人なのか、心配だったからだ。彼女はまだ若く、恋愛経験もなく、ブラジルには東洋人の女と付き合いたいという男性が五万といるのである。
 その男性が来る日、彼女は朝から準備に忙しかった。彼女ご自慢の恵方巻、韓国焼肉、チヂミなどなど。腕によりをかけて料理を作る彼女から、どんなに彼女がその人を慕っているかが分かった。その彼と出会って以来、彼女は変わった。以前は清楚なお嬢様といった感じだったが、背中のラインがすっかり見える、前側だけを覆うタイプの服等、以前だったら絶対に着ないだろうに。そのころから、服装が派手になる。もとより美しい韓国女性だから、似合うのだが、私はちょっと心配になった。帰宅の時間が遅くなる。学校の授業も身が入っていないようであった。学業に秀でていたので、余計に気になった。

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