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ブラジルの備忘録 24

備忘録24
2000年のカーニバルは3月4日土曜日から7日の火曜日に終わり、8日に灰色の水曜日の午後、銀行が再開して、やっとブラジルは年を越した。ブラジルはカーニバルが終わらないと、本当に年が明けない。まるで中国の正月(旧暦)のようだ。そんな事情で役所もカーニバルが終わってからも中々再開しない。クリスマスから引き続き休暇中という役場担当もいる。私の知り合いで、婚約者と相談して、結婚のため、住宅ローンの借り入れを希望していたにも関わらず、銀行のローン担当者が休暇中で不在のため借り入れができず、それが一つの原因となって争論になり、破談になったカップルがいる。気候も熱帯なら、人柄も熱帯気質である。
 ノルミーニャと再会したのはカーニバルの数週間前であった。
 「ケイコはカーニバル出たくないの。一人150ヘアイス払えば、カーニバル出れるよ。でも、練習に行かないといけないの。私達、今年はカーニバルに参加するつもりだから、ケイコも一緒に行かない?」
なるほど。そんな風に参加できるんだ。エスコーラ・ジ・サンバ(サンバ団体)に所属していなくても、衣装を買って、参加費を払えば、一般の人も参加できる。しかし、カーニバルの「エンヘード」と呼ばれるタイトル曲や振り付けを覚えなければ参加はできないから、一般の人は1か月くらい前からサンバ団体の練習に参加して、行列するのである。練習場所は交通の便の悪いところにあり、練習は夜10時から明け方まで続くので、車を持っている人でない限り参加が難しく、私はいつもバスで移動していたから、参加を諦めていた。
「興味はあるんだけど、一度行ってみてから決めていいかなあ」、
「じゃあ、明日の夜、一度エスコーラに見学に行こうよ。ノルミーニャも誘ってるから、一緒に行こう!」
 そのサンバ団体は、練習を一般に公開し、収益を上げている。どこのサンバ団体もそうやって収益を上げている。リオ・デ・ジャネイロにはプラッタフォルマという有名なサンバショーの店がある。夜10時から3時間くらい、ブラジル津々浦々の様々な音楽や踊りなどを披露するショーで、食事もついて1万円前後だったように思う。私はリオに住んでいたが、このショーを見に行ったことはない。プラッタフォルマは観光客用の見世物で、出演者はサンバの達人だろうけれど、ショー化されているゴスペルクワイヤのショーと同じで醍醐味にかける気がして、私は見に行ったことがない。
ポルトアレグリのサンバ団体が本拠地で行うショーは、舗装されていない土埃にまみれた、サーカスのテントのような体裁をした建物の中で、ほとんど夜を徹して行われる。そんな中でノルミーニャと再会した。
ノルミーニャはちょっと痩せたようであった。あれから数か月経っていた。私たち4人はサンバ団体の開場入口で会い、ブラジルでいつもみんながするように頬にキスをしたサンパウロは1回、リオは左と右の頬に1回ずつ、ポルトアレグリは左右左と3回キスをする。確か3回目は「よい結婚をするため」と言う迷信があると誰かが教えてくれた。
私とノルミーニャはあまり言葉を話さなかった。と言うより、当時の私のポルトガル語能力には限界があり、俗に言う、そつない会話ができるほどの言語表現がなかった。だから、自然、無口になる。
「ケイコ、私達飲み物を買ってくるから、ちょっとノルミーニャと待っていて」。
私を連れてきてくれた女性二人は同居していた。同居と言っても同性婚ではなく、親友同士が先々の事を考えて同居を決めたというものらしかった。彼女たちの事情はこうだった。
ある日ある時、ブラジル国立銀行に勤めていたマリアは、長年付き合ってきた彼との結婚が決まりそうでウキウキしていた。両親も友人も誰もが知る長い付き合いの彼だったが、不遇の時代が長く続き、就職が上手く決まらず、一方マリアは大学卒業後、手堅く銀行員をして稼ぎ、マンション購入を念頭に置いて、結婚資金もキチンとため込んでいた。でも、彼は依然として結婚を申し込まない。理由は、「経済的地盤がないから、まだ結婚できない」そう言われ続けて何年も経っていた。明けない夜がないように、彼はどこかの広告業か何かに就職して、それなりにお金がもらえるようになっていた。周りも彼女も、今度こそ結婚ができると期待したある日の事だった。
ポルトアレグリには恋人たちが肩を並べて通る大通りがある。確か街の中心街に近い坂道だった。土曜日、休日、久しぶりに彼女は友達とゆっくり坂道を登っていく。友達は当然のことのように彼女がいつ結婚するのかしきりに聞いてきて、彼女はちょっと照れくさそうに笑っていただろう。そんな時、思いもよらない光景が突然目の前に現れる。マリアの恋人が他の女性と腕を組みながら歩いていた。マリアは友達の手前、彼に詰め寄ることができない。友達が彼に気が付かないように、必死に友達の顔を見つめながら話を続ける。間違えるはずはないのだ。自分の婚約者なのだから。向こうは向こうでマリアに気が付いたようであった。しかし全く気が付かない素振りをして通り過ぎて行く。気が付くと「彼と彼女」はマリアをとうに通り越し、そのまま、ずーっと公園の方向へ下って行った。マリアは茫然としたが、まだ何が起こったか気が付いていない友達の手前、何も言う事が出来なかった。
「ケイコ、私、泣いて泣いて泣いて。その時は友達に気づかれないように必死だったけど。家へ帰ってきてから、ずっと泣いていた。でも彼からの連絡は来なかったの。私にはあれで十分だった。私よりずーっと若い、かわいい女の子。髪の長い、ほっそりとした、かわいい女性と腕を組んで楽しそうにしていた私の恋人に、『どうして』と聞いても、きっと言う事は決まっているわ。」
「お前はもう年を取ってしまったし、最初から結婚する気がなかった。結婚するならもっと若い女がいい」とはっきり耳で確認してしまうくらいなら、もうなかった事にした方が良い。その方が傷は浅くて済むから。そのまま、彼女は結婚を諦めた。そうして、同じように男と結婚することを諦めた女友達と共同でアパートを買い、二人暮らしを始めるのである。その女友達は銀行の同僚だった。
人生の中で一体何が重要であろうと、男性のこういう癖は変わらない。もし、アダムとエバがそうであったように、楽園で神から一人ずつをあてがわれたとしても、エバは悪魔にそそのかされるのであるから。エバも又、そのあばら骨からできたアダムに罪を犯させるのだから、罪は振り分けられているのであろう。ここでノルミーニャが話し出す。
つづく

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