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芸能事務所の門を叩く前に。トントン拍子にいかないことは即刻中止!


突如決まった社長との面談に向けて、私はアタフタと事業計画書らしきもの15分で作成した。とにかく時間がない。私よ、走れ!



3時間後。



私は、無事に到着。所属していた事務所を訪れるのは約6年ぶりのことだった。

というのも、私は退所してから一度だけ、『美女と野菜』を出版したときに社長に報告がてら遊びに来ていたからだ。と、こんなエピソードを話すと、大抵の人はビックリしたような怯えたような顔をして"こう"言う。

「え、芸能事務所って辞めてからもそんな気楽に遊びに行ったりできるところなの?」って。

いやいやいやいや。

あのね、芸能事務所って別に『孤狼の血』じゃないからね。最近、情報番組やニュースで取り上げられている数々の事件のせいで、すっかり芸能界という場所そのモノが「怖い」と思われているのかもしれないけど。


実際は違うよ。


芸能界にだって「光」の部分はある。入所したての頃、社長がよく言っていた通り。

「この世界は、ずっとピュアでいようと思えばピュアでいられる世界だからね」

私が思うに、芸能界にいて汚れて言ったり闇落ちしてしまうのは、大抵の場合、芸能界の「光」の部分に群がってくる「正体不明の蛾」のせいだ。

ニュースやスキャンダルになっちゃう人っていうのはね、その蛾がまき散らしている誘惑の粉を吸っちゃった人だし、危険だと思われている芸能事務所はむしろそういったアブナイ誘惑から守ってくれる要塞のような場所なんだよ。(本来は!)

とはいえ、私だって自分が所属していた事務所のこと以外は知らないからさ。すべての芸能事務所が「安全地帯」だとは言い切れない。

実際、社長に連れられて某テレビ局の中を散策していたときに、『ゴッドファーザー~愛のテーマ~」をかき鳴らしながら食堂で「みたらし団子」を食べていた某大手芸能事務所の社長を目撃したこともあるからね。

そういう「みたらし社長」の9割は、大体、デコトラのようにギラギラとした派手なオーラを放っている。

それに引き換え、お世話になったヒゲ社長は…和菓子に例えると「柏餅」に似ている。(ヨモギバージョン)

あ、これは別にヒゲ社長が「地味」だと言っているワケじゃない。どちらかと言えば「滋味」だなと言っているだけ。

そう、ヒゲ社長が所属していた期間に言ってくれた言葉は、どれもこれも「滋味深い」ものばかりだった。

まぁ、事務所にいたときは何を言われても『ちいかわ』に登場するウサギのようにハァ?としか思っていなかったけど、退所して文化人になるまでの道のりを独りで爆走しているときにしみじみと感謝の念が溢れてきた。

たぶん、私がなんとか自分のチカラで出版権を獲得することができたのは、ほぼ、社長格言のおかげだったんじゃないかなぁ、と思う。(追々、『芸能事務所社長が教える 108のサバイバル術』っていう本でも書いてみようかな…)

だからね、今日もヒゲ社長の口から何かしら格言めいたものが飛び出してくるはず!

ということで、前置きが長くなったけど、私は事務局のYさんに案内されなが社長室に入りましたー。


「お久しぶりです!」


と言うと、椅子に座っていた「柏餅社長」がクルッと軽快に振り返った。

が、前言撤回。

以前は柏餅に似ていると思っていたけど、やっぱり、みたらし団子かもしれない。

約6年ぶりに会った社長からは、それなりに業界人特有のギラギラとしたオーラがあるな、と思った。でも、それは同時に自分のオーラが弱まっていることを示唆しているのかもしれない。今は、色々あって少しだけ自信を失いかけていたから…。

私は、ほんの1㎜だけ社長のオーラに圧倒されながらも、気合を入れて事業計画書らしきものをエイッと手渡した。ペラリ、ペラリ、ペラリ…。


「浅いね…」


社長は、事業計画書というタイトルと、ビジョンとコンセプトだけがデカデカと書かれた3枚のA4用紙をめくりながらポツリと呟いた。

そりゃあそうですよ。

だって、その事業計画書は「一夜漬け」でも「浅漬け」でもなく、さっき、たった今、約3時間ほど前に作った「塩もみキュウリ」ですもん。

とは口が裂けても言えねぇ!と思った私は、はぁ…とチカラなく返事をしてみた。

「これはいつ頃から考えていたの?」という質問に、1ヶ月前です。とウソをついて答えてみると「それじゃあ遅いよ!」と一喝された。

なぁんだ。どっちにしろ説教をされるくらいなら正直にさっきですって言えばよかった。

チェッ。

まぁ、いいや。
気を取り直して「本題」に入ろう。


「あの…私、これから芸能人の再生事業っていうキーワードをもとに色々な芸能事務所を回ってみようと思うんですけど…いいですかね?」


さて、ここで問題です。

私のこの質問に対して、
社長は何と言ったでしょーか?



正解は…

ダメダメダメダメッ!


もう、こっちもビックリしてしまうほどの猛反対。えー、なんでですかぁ?

私が、思いっきり「納得できません」という顔をしていると、社長は下を向きながら「そんなことをしたら…御触書が出ちゃうよ…」と、再びポツリ。

そして、なぜ芸能界で「再生」という旗を掲げて歩き回ってはダメなのか?という説教をしはじめた。



2時間後。



『職場の問題地図』ではなく『芸能界の問題地図』という特別授業を受けた私は、なるほど!という感じでアッサリと納得してしまった。

ん?

それはどういうことかって?

はい。社長に「それ、他では"絶対"に言っちゃダメだよ…」と念を押された『とくダネ!』を引っこ抜いてお伝えしましょう。

一言で説明するとですね、

芸能界では、
再生なんて「誰も」望んでいないから。

もっと正確に言うとですね、どれほど才能や実力や人気があっても、そのタレントの代わりはいくらでもいる。

だから、再生を謳ったところで芸能事務所をはじめとする業界関係者からの需要はないし、ビジネスにはならないっていうこと。


たしかに。

冷静に考えてみるとそうですよね。


芸能人になりたいと渇望している人間は星の数ほどいるワケで、そんな場所で「再生」という言葉を叫んだところで「誰か」が振り向くワケがない。

この業界は「椅子取りゲーム」だから。

誰かが椅子から落ちても、0.1秒後には他の誰かが座っているという世界。

もちろん、再生を望む芸能人には刺さるかもしれないし、個人的に依頼を請ければ話しは別だけど、その言葉を届けるためには事務所の「門」を突破しなければいけない。おそらく、そのタレントが芸能事務所に所属してる限りは難しい。社長の言う通り「門前払い」になるのがオチだ。

いや、門前払いになるだけならまだマシだけど…捕獲されて…もしかしたら日本海に…

沈むのは社長だ…!



ダメダメダメダメッ!

まだ自分だけの問題ならいいけどさ、お世話になった社長や事務所のスタッフを巻き込むのはダメよ。たぶん、このまま私が無鉄砲に動いたら確実に「アイツどこの事務所にいたんだ?」ってなるじゃん。

で、沈められる。

やってみなきゃ分からないじゃないですか!って反論したい気持ちもあるけど、この世の中には勢いだけじゃどうにもならないことがあるんだよ。


それは、

今まで散々経験してきたことだ。


ネガティブな正義感を振りかざして、この業界を変えてやる!って反旗を翻したところでエネルギーのムダになるだけ。

ポジティブな正義感は「悪」を成敗するためのものじゃない。業界の仕組みなんてさ、そうそう簡単にイチ個人が変えられるものじゃないんだよ。

それに、目の前にいるお世話になった社長一人説得できないことを、一体全体、他のどの事務所の社長が聞いてくれるというのだろう?

きっと、闇雲に進んでいるうちに「正体不明の業界人」に出くわしてドボン!だ。

そういえば、

『Paradise Kiss』という漫画の中で

トントン拍子に進んでいけるのは
その道が自分に合ってる証拠だよ

『Paradise Kiss』

っていうセリフがあったっけ?それは逆もしかりだな。トントン拍子にいかないことは即刻中止!この件については諦めよう…。


退散!


いいんだよ。あの織田信長だって攻めるのも速いけど撤退も速かったって言われてるじゃん。

まだ、引き返せる。

自分の中で漬け込みすぎて「奈良漬け」になるよりも、塩もみキュウリの段階でダメだと分かっただけでも御の字だよ。ラッキーって思わなきゃ…。

と、私が自分に言い聞かせながらションボリしていると、社長はそんな私の空気を察したのかまたまた下を向きながらポツリと言葉をこぼした。


「でも、芸能人の再生なんて面白いことを考えているんだね…」


お、面白い!?

芸能界の性質とは「真逆」の考えだから?社長の口から「面白い」という言葉が出てくるのは超絶珍しいことだったからテンションが上がった。

でも、

私は気づいてしまった。

社長が私の話しの中で本当に興味深く面白いと思ってくれていたのは芸能人の再生についてではなく、すべて出版業界のことだということに。

社長はキホン、所属していた頃から椅子の背もたれにペッタリとカラダをくっつけて「ふ~ん」と興味なさげな相づち打っている。

だが、今日は私が文化人に関する話しをしていたときだけは「週刊誌の記者」のようなリアクションを見せていたのだ。

私は、そのリアクションを見て、ああ、私はもう芸能人ではなく文化人なんだな、と思った。

もしかしたら、私が「再生」と描かれた旗を掲げるのは芸能界ではなく出版業界なのかもしれない。

って、それは違うか…。

もう、本を出してから何年も経っているし、それ以上に2冊とも本が売れなかった自分が今更出版業界で「再生」なんてできるワケがない。裏方としてだったらいくらでも活躍できると思うけど。

私自身が、
文化人に戻ることはできないんだよ…。

私は、本日2回目となるションボリムードに突入し、ササッと頭の中から「出版」という2文字を消した。すると、またもや社長がそんな私の空気を察したのか、急にアドバイス的な一言を言ってきた。

「再生っていうのはリボーンなのか、何なのか?自分が思う"再生"って言葉を必要としていそうな場所に色々と行ってみたら?」

なるほど!

どうやら、社長は昔と変わらず相手の心の声を聞くことのできる「スーパー占い師」みたいだ。もしくは、私がよっぽど「顔」に出やすいタイプの人間なのか…。

ま、それはどちらでもいいけど、たしかに社長の言う通りまずは「再生」という言葉の定義づけが大事だし、どう定義するかによって可能性は無限大。

ここは1回、
"0"に立ち返って考えてみよう!

私は、社長室の入口でペコリとお辞儀をしてから古巣である事務所を後にした。

なんだかまとまりのない話になっちゃったけど、社長から色々な「芸能情報」を聞けたのは面白かったな。

ふふふ。

その話の中には文春砲もガーシー砲もぶっ飛ぶようなエピソードがあったけど、安心してください。私、革命砲なんて打ちませんから!



帰り道。



私はふと、事務所をクビというカタチで辞めなくてよかったな、と思った。

なぜって、もしもクビになっていたら今こうして訪ねることなんてできていなかったと思うから。ちゃんと、自分のタイミングで「卒業する」って大事なことだな…。

もしかしたら、私が芸能界で「再生」という言葉を伝えたかった背景にはこういう想いがあったのかもしれない。自分が芸能界で挫折して、文化人として再生することができたように。すべての芸能人が失敗や挫折をしても、自分で自分の未来を描いてハッピーなカタチで事務所を卒業できたらいい。

たとえ、芸能界で1㎜も売れなかったとしても、その過去を黒歴史にするのではなく一つのキャリアとして誇ることさえできれば人生は変えられる。

世間一般的には、一度芸能界に入って失敗したら人生が終わると思われているけど、それは違うよ。元芸能人だって、そのキャリアに相応しい履歴書をつくることができれば、他の世界の人たちと同じようにいくらでも「転職」することができる。


再生、することができるんだよ!


私が伝えたかったのは…

たぶん、こういうことなんだ。



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中村慧子|Keiko NAKAMURA
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