チップの習慣を考える
ドミニカンリパブリックに入国した時に、税関で少し冷やっとした事があった。
税関でスーツケースやハンドバッグなどの所持品をX線手荷物スキャナーで検査された後、荷物をピックアップして歩き始めた私は空港の係員に手招きされて彼の方に来るように言われた。私の前を歩いていた主人は、私が呼び止められたことに気づかず、すでに空港の出口に向かおうとしていた。
税関の係員は、私のハンドバッグの中を見せるように指示した。私は、ひとつずつ取り上げて係員に見せた。財布、サングラス、読みかけの本、長袖のシャツ、旅行に必要な書類の入った透明なファイル入れ、封筒。係員は、私が白い郵便用の封筒を取り上げた時に中に何が入っているのか尋ねた。
ああ、呼び止められた理由はこれだったのか!
封筒の中身は現金だった。
スキャナーで写し出された札束が係員の注意を引いたのだった。私は、財布の中の現金とは別にチップ用として370ドル相当の札を郵便用の封筒にいれてハンドバッグの中に持っていた。
私達夫婦はメキシコやカリブ海の国々に旅行する時は現地のお金には変えないで常に米国のドルを持っていくことにしている。これらの国々では、ドルは通用するしドルの価値が高いので返って歓迎される。特にチップはドルであげたほうが喜ばれるのである。
今回の旅行もドミニカンペソには変えないでドルを持って行った。出発の数日前に近くの自分の口座のある銀行に行って、窓口の銀行員に1ドル札を200枚、5ドル札を20枚、10ドル札を7枚、合計370ドルの現金を用意してもらったのである。
私の説明と、その金額の詳細も封筒に入っていたので、税関の係員は一々227枚の札を数えようともせず明らかにチップのための現金であるのを理解した。「持っている現金はこれだけですか?」と確認を入れただけで「そうだ。」と私が答えると「良いバケーションを!」と言って釈放してくれたのである。
私はチップに関しては結構気前の良いほうだが、主人は私以上にチップの支払いに対してはきっぷが良い。レストランやホテルで働いている人達にとっては、チップは重要な収入源であるのを知っているからだ。特にメキシコや南国のリゾートホテルで働いている従業員は、安い賃金で働いているであろうしチップ収入に依存するところが大きいと思う。
私達は、毎日部屋を清潔に掃除しベッドを作ってくれるメイドやレストランでサービスしてくれる従業員、プールサイドでドリンクのオーダーを取りにくるウェイトレス、バーでカクテルを作ってくれるバーテンダーにそれぞれ2ドルから5ドルを一人一人に支払っているので、1ドル札はあっという間になくなってしまう。
ニューヨークであったら、チップの金額が10ドルや20ドル単位であろうが、ここでは、あまり10ドル札や20ドル札でチップを支払うことはない。せいぜいホテルから空港までのシャトルバスのドライバーに10ドル払うぐらいだろう。
今回のバケーションは、ホテル代、飲食代はAll Inclusive (全て込み)
というものだ。しかし常識から言ってチップは別で、料金には含まれないことぐらいはチップの習慣のある欧米人であればわかると思うのだが、私の常識は皆の常識ではないようだ。
私の観察から今回のホテルのゲストでチップを置いているのは、本当に少数だと思われる。彼らのほとんどは、ヨーロッパやアメリカやカナダの国のチップが習慣となっている国から来ているのにもかかわらずである。
勿論チップは、強制できるものではないので支払わない客に要求はできない。かりに、ホテル客がチップも全て宿泊料金に含まれていると自分の都合の良いように解釈をしているとしても、良いサービスを受けたら心付けを渡すのが常識というものであろう。
私達夫婦は、滞在も長くチップの支払いも良いと思われるので、どのレストランに入っても従業員が顔を覚えていてくれるし愛想がすこぶる良い。ちょっとしたチップで働いている人達の心情を良くし、私達もまた気持ちの良いサービスを受けられることができるのはうれしい。
朝は決まってワールドカフェのレストランでビュッフェ式の朝食を取る。私達がレストランの中に入るなり、いつもダン レモンが「オラ!」と言ってテーブルに案内して今では頼まなくてもコーフィーをまずカップについでくれる。主人は、ミルク多め、私はミルク少なめのコーフィーの好みまで覚えている。
彼がCNN の男性のニュースキャスターのダン レモンに似ているので
私達はダン レモンと呼んでいるのだが、彼の本名は胸についている名札によると
リカルドと言うらしい。
そのダン レモン、本名リカルドは私達が夕食に違うレストランに行けば、そこにもいる。彼は、朝7時から夜11時までの勤務体制で働いているのだ。俳優のクリス ロックに似たウェイターも私達のお気に入りのウェイターの一人だ。いつもワインがもう少し飲みたいなと思っていると、どこで見ているのかどこからともなくやって来て、何も言わずサッとグラスにワインを注いでくれる。それでいて無駄口はしない。このような気持ちの良いサービスをされて、チップをはずまない訳にはいかないだろう。
欧米ではチップというと何か強制されて支払う観念があるが、日本の旅館の心付けは良い風習だと思う。たとえサービス料に含まれているとしても、受け取った方も「粋な客だ」と思うだろうしサービスのしがいがあるというもの。客の方でも、お金でサービスを買うのではないのをわかっていても、「ありがとう」の感謝の気持ちを言葉だけでなくお金で具体的にお礼として表現できる。もう何十年も旅館に泊まったことがないが、今でも心付けの風習は残っているのだろうか。
結局はチップであろうが、心付けであろうがホテルやレストランでサービスを受けたら感謝の気持ちをちゃんと表すのは当然だ。チップを置かない客は、感謝の気持ちを持ち合わせていないか、自分は客でお金を払っているのだからサービスされて当然だと思っているのか。それとも単に金の出し惜しみをしているのか。いずれにしても相手に対する心配りも思いやりも持ち合わせていないケチな精神の持ち主は、古今東西どこにでもいるものだ。
私達夫婦は色々な意見の違いもあるが、このチップの払い方に対する観点に関しては同じ価値観と常識を持ち合わせているので、主人に対してケチな奴だと軽蔑することもなく、嫌な思いをすることもない。一緒に暮らすパートナーとしてチップに対する考えは同じ価値観を持っているほうが問題がなくて済む。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?