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オパールの指輪

 「お客様、10月生まれでいらっしゃいますよね?今月お誕生日でいらっしゃるんですよね。おめでとうございます」

 ページをめくるように突然秋になって、するとやはり忙しくなって、10月はバタバタと過ごした。こまめに身体のメンテナンスをしなくては年末まで走り切れないと思った私は、サロンに駆け込んだのだった。仕事の合間に、首と肩を20分だけほぐしてもらった後、清算のためにカウンターに行くと目の前のセラピストが嬉々としてそう言った。

 「お客様、オパールの指輪……。今月、お誕生日でいらっしゃるんですね。おめでとうございます。お誕生日月の方にハーブティーのプレゼントがございます。どちらがよろしいでしょうか」

 こうなったら10月生まれになるしかない。5月生まれだけど。

 亡くなった父はオパールが好きだった。
 ある日、百貨店の外商が高級な指輪を持参して家にやって来た時、その中で父が一目惚れしたのはダイヤモンドでもエメラルドでもなくオパールだった。光の加減によって青にも緑にも黄色にも光る、不思議な神秘さと面白さのある石が気に入り、母に指輪を買ってあげていた。あまりにその石が気に入って、その後自分にも小さなオパールのついたタイピンを買っていた。
 父が亡くなった後、私はそのタイピンを指輪にリフォームして、いつもしていた。小さなオパールは青味が強い石でよく光っていたが、ある日池袋駅の雑踏の中でビジネスマンのアタッシュケースに激突され、指輪の爪から外れて石はコロコロと下水溝の中へ消えた。
かわいそうに思ってくれた母が、自分の指輪を私に譲ってくれた。タイピンについていたオパールよりもそれは少し大きい石だったが、いつしかその大きさにもある程度は耐えられる年齢になっていた。

 私は強引にハーブティーの並ぶ棚前に誘導され、その満面の笑みに応えるようにデトックスティーを1箱選んだ。お誕生日月サービスというにはちょっと高価そうで、たくさん入っているデトックスティー。
 
 というわけで亡き父母よ、お陰様でいただいたお茶を飲みながらこの原稿を書いています。
 また頑張るね。

●随筆同人誌【蕗】掲載 令和7年1月1日発行

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