【Story of Life 私の人生】 第60話:夏の思い出
こんにちは、木原啓子です。
Story of Life 私の人生
前回は、 第59話:授業スタート をお送りしました。
今日は、一年生の夏のお話をしようと思います。
建物の中を移動することが殆どの生活にも慣れ、変わり映えのない日々が過ぎて行き、季節は夏になりました。
全寮制の学校で、しかも通学も日常生活も、同じ建物の中だけ済んでしまうという、ある意味「かなり特殊な環境」で過ごしており、外に出ることなんて殆どないから、学校以外の出会いはほぼ皆無に等しい状態。
こうなると夏になる頃には、学校内で「カップル」が次々と誕生していきました。
さて、私はどうだったのかと言えば…
入学以来、ずっと隣の席で授業を受けていた「出席番号11番」の方とお付き合いするようになっていました。
彼は10歳上の慢性腎炎持ちのお兄さんで、出身は北陸の富山県。
私が「お小遣いに目が眩んで」入学を諦めた、例の第一志望だった私立高校の併設大学で国文科を卒業し、北陸の大きな神社で神主さんをしていたという、異色の経歴の持ち主でした。
彼は地方から出てきているから、休みの日はいつも寮に残っていました。
私は家に連れて行き、両親に紹介しました。
両親は、かなり年上の彼氏を連れてきたので、ビックリしていましたが、特に何も言われなかったです(笑)
休みの時は、たまに我が家に遊びに来てくれて、一緒にご飯を食べたりするようになっていました。
学校の夏休みは、職業訓練校という一面があるから、8月のお盆前後の1週間だけでしたが、地方から来ている同級生達は、数ヶ月ぶりの帰省ということで、みんなとても嬉しそう。
今のようにインターネットなんて無い時代だから、学校から学割のチケットを発行してもらい、池袋駅の「みどりの窓口」へ帰省の切符を買いに行っていました。
私は家が近いし、その気になればいつでも帰ることが出来るから、1週間の休みをどう過ごすか考えていたのですが、何と彼から「富山へ一緒に行かない?」というご提案が!
夏休み期間中、1週間丸々家に帰っても特に何もする事はないし、ずっと両親と一緒だと「不穏な日々」が戻ってきそうで嫌だなと思っていたし、富山は行ったことが無いから、行ってみたい!
でも、丸々1週間行くのはちょっと長すぎるなぁと思い、両親に許可をもらって、自分のお金を使って、前半の4日間だけ行くことにしました。
当時は、上越新幹線が開通する前だったから、東京から富山まで、移動にほぼ丸1日かかった時代。
特急電車は予約出来なかったから、行きは急行電車で直江津まで行き、北陸線に乗換することになりました。
朝6時台の電車に乗り、ご実家に到着したのが夕方6時位。
お母さんと、既に嫁いでいるお姉さん達3人を紹介していただき、実家に3日間泊めていただくことになりました。
翌日から丸2日間は、車であちらこちらを案内してもらいました。
家の前は翡翠が取れることで有名な海岸なので、翌朝は海岸に散歩に行き、翡翠の石を探してみましたが、そんなに簡単に見つかるようなものではなく(笑)
ほんの少しだけ「緑色」が入った石1個だけ手に入れました。
また、地元名物の「たら汁」をご馳走になりました。
具沢山の味噌汁で、野菜と鱈のアラがマッチしていて、とても美味しかった♪
その後は、バイパスを2時間くらい走って雨晴海岸に行きました。
ここは国定公園になっていて、富山湾越しに立山連峰がドンと見える絶景!
海岸でしばらくぼーっとして過ごしました。
ここから海沿いを走って氷見まで行き、お昼は氷見うどんをいただきました。コシが強くて、ツルツルと喉越しが良いうどんで、美味しかった!
当然ですが「麺は別腹」の私は「1人前」ではもの足りず、おかわりをしたことは言うまでもありません(爆)
氷見から海沿いを高岡方面に戻り、高岡大仏さまにご挨拶しました。
この大仏様は、イケメンで有名だとか。
凛々しいお顔立ちでした。
折角神主さんが一緒なのだからと、射水神社にもご挨拶にいきました。
この時に、正式な参拝方法を教わりました。
鈴を鳴らして、柏手2回叩いてお祈りするだけじゃないんだ!
また、鳥居をくぐる時に礼をして、参道は端を歩くということも、この時初めて覚えました。
富山は蜃気楼が有名だから、見てみたいとリクエストすると、帰りの通り道だからと、魚津漁港に寄ってくれました。
が、8月は時期外れ(3月から6月が多いそう)で、見ることは出来ず残念!
漁港の周りをしばらく歩いてから、帰路につきました。
日本海の夕暮れがとてもきれいだった!
夕飯は、お母様が作ってくれた料理を3人でいただきました。
翌日は、黒部渓谷のトロッコ電車に乗ることになりました。
宇奈月温泉までは、家から車で15分位と割と近いから、朝ご飯をいただいてから出発しました。
窓のないオープンエアの電車に揺られて、スリル満点!
欅平まで1時間30分位の間、眼下に見えるエメラルドグリーンの黒部渓谷の絶景を思う存分堪能しました。
途中から、かなりヒンヤリして、結構肌寒かったです。
欅平から黒部川沿いを30分位歩いて、猿飛峡まで行ってみました。
川幅が狭く、猿が飛び越えたという話があるようだけど、そんなに狭くはなかった気がします。
ここの水もエメラルドグリーンで、とても綺麗だった!
来た道を戻り、奥鐘橋や人喰岩を観て、駅に戻りました。
再びトロッコ電車に揺られて、絶景を目に焼き付けながら宇奈月温泉に戻りました。
宇奈月の温泉街を歩き、もろみ饅頭を買って食べ、旅館の温泉に入らせてもらいました。
まだ時間が早かったから、車で1時間くらい走って新潟県に入り、親不知・子不知に行ってみました。
車の中から、絶景を観るだけだったけど、海岸に降りてみたいなと思いました。
今はどんな感じなのかな?
家に戻り夕飯を食べて、帰宅の荷造り。
お母様が、私の家のお土産にと、富山名物の「渦巻蒲鉾」や「細工蒲鉾」を用意してくれていました。
とても有難かったです。
翌日の朝、私は1人で東京に戻ることになりました。
帰りは北陸線経由の電車の予約が取れなかったから、糸魚川から大糸線で大町まで行き、中央線を経由して新宿に戻ることになっていました。
彼とお母さんが車で糸魚川まで送ってくれ、富山で過ごした楽しい夏休みに別れを告げました。
夕方遅めに新宿に到着、そのまま家に帰り、夏休みの残り3日を家で過ごしました。
短い夏休みが終わり、元の生活に戻りました。
寮に戻ると、帰省先から戻ってきた同級生や先輩達から、地元のお土産をいただきました。
お菓子や、名産品など、種類も盛り沢山で、とても嬉しかったです。
私はいつも通り、母の手作りのおかずやお菓子を配りました。
学校は前期・後期の二期制だったから、9月に入ると前期試験のシーズン。
専門学校に入ってから初めての定期試験なので、かなり緊張しました。
臨床検査に関する科目は、9月に入るとそれぞれの先生方が、必要なポイントの復習(国家試験に必ず出るところ)を念入りに復習して下さったので、試験はその辺りを中心に復習しました。
一般学科はかなり辛くて、高校生用の参考書や問題集を買って、同級生に教えてもらいながら勉強するしかなくて…
一番辛かったのは、やっぱり物理でした。
フレミングの右手の法則と左手の法則で大混乱。
両手の指を色々な方向にこねくり回しても良く分からず…
正直なところ、今だに良くわかっていません(汗)
数学もキツかったですが、問題を解けば何とかなる分、まだマシでした。
高校と違って「赤点取ったら追試」という訳にはいかないから、冗談抜きで胃が痛くなりました。
みんなは、専門科目の試験勉強をしているのに、私1人だけ一般科目の勉強という、何とも情けない状態が続きましたが、とりあえず赤点は回避出来て一安心。
半年後の後期期末試験も、同じ状態になるのかと思うと、憂鬱な気分でした。
こんな感じで、入学から6ヶ月が過ぎていき、10月に入ると後期の授業が始まりました。
後期からは、今までのような座学だけではなく、基礎実習がスタートしました。このお話は、次回にしようと思います。
〜続く
今日はここまでです。
次回は、第61話:基礎実習スタート に続きます。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
またお会いしましょう♪