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映画「ザリガニの鳴くところ」オリヴィア・ニューマン監督 2022年制作を観て

湿地帯に住んでいた家族の一番末の娘の物語。1969年の事件を軸に娘の一生を描く。日本で湿地帯というと暗くてじめじめして不快な場所を想像するが、このノースカロライナの湿地は輝いていて鬱蒼とした木々も昆虫も水棲動物も群れ飛ぶ鳥たちも自由に、人の手がほとんど入らないパラダイスを形成している。

その娘はカイヤと言ってドメスティック・ヴァイオレンスを働く父親のもとで、家族が父親の横暴を逃れて散り散りに逃げて行って5—6歳で一人きりになってしまった。湿地に一人残されたカイヤは沼からムール貝を採って町に持って行き敬虔なクリスチャンの店で買い取ってもらってトウモロコシ粉などに換えて生活していた。学校に行くことを勧められたが、学校に初めて登校したときの級友によるひどいいじめにより、一日で行くのをやめた。

湿地では友達ができた。湿地でモーターボートで遊び、鳥や自然が好きなテートという少年だ。仲良くなるにつれ、カイヤが字も計算も知らないことにテートは気づきアルファベットから教えていく。カイヤは見る見るうちに上達し図書館で本を借りて読むまでになる。そして、鳥の羽を集め、貝殻を集め、生きものたちの絵を描いてラテン語の学名を書いていく。そうして数年が経ち、テートは大学に行くことになる。湿地を離れて見知らぬ人々のなかで生活ができないカイヤは、「必ず戻ってくる」というテートの言葉を信じて待っていたが、約束の日はただ過ぎ去っていく。

その後も湿地の自然に心の傷を癒され生活していくうちに、町の裕福な家の息子チェイニーが寄ってくる。孤独だったカイヤは次第に彼を受け入れ結婚の約束までしたが、町で出会った彼はフィアンセを連れていた。純真でプライドが高いカイヤは傷つき、彼を拒絶した。カイヤは物心ついてから一人で生き抜き誰からも支配されず、誰も支配しない生活をして来たのだ。するとチェイニーの態度が豹変し、カイヤの父親のごとく暴力を振るい始めた。ここで、カイヤはなぜ母も兄弟も出ていったかを理解した半面、父親の「自分の身は自分で守れ、何か危険なことがあったらザリガニの泣くところまで逃げろ」という言葉を思い出していた。

そこに、大学を終えたテートが湿地に戻って来た。なかなかテートはカイヤに許してもらえない。だが、カイヤが書きためた生物の本が出版されることになった。そんななか、チェイニーが火の見櫓から転落して死んだ。その裁判でいろいろな事実が明らかにされるが、難を逃れカイヤはテートと結婚する。テートは生物学者として湿地に研究のため戻ってきたのだ。そうして一生を二人で湿地を研究し本を出版し続け共に過ごした。

湿地で一人文明から取り残され生き抜いているカイヤは、最後の野生のインディアン・イシと似た生活様式をとっている。そして、人類皆が自然に抱かれて生活することは無理なのだろうが、このような自然がまだ残っていることに感謝する。カナダの大規模な山林火災の煙はフランス、ブルゴーニュ地方まで達しているという。これ以上自然が壊れませんようにと祈らずにはいられなかった。

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