訳しにくい言葉〜”humble”
変化の振り幅が大きい言葉
"humble"という言葉は、ニュアンスの振り幅が大きく、「控えめな」「謙虚な」などポジティブな意味で使うこともあれば、「粗末な」というような卑下した意味のこともあります。例えば、出しゃばらない人のことを「He is humble」(謙虚な人)と言ったり、自分が住んでいる家について話すときに「My humble house」(粗末な家)などと表現したり、文脈で様々なニュアンスに変化します。
「控えめ」「謙虚」など、ポジティブな意味で使われるときには自分でない誰かのこと、「粗末な」「みすぼらしい」卑下したような意味で使うときには自分に関わることを謙遜して表現するときに使うことが多い傾向があるように思いますが、「謙虚」と「粗末」では随分と印象が変わるので、間違えると大変です。通訳するときには文脈や言葉を発している人が意図していることを注意深く考える必要がある言葉なんです。
"Humble"なオマハの賢人
"humble"という言葉でいつも思い出すのが、「オマハの賢人(the Oracle of Omaha)」と呼ばれるウォーレン・バフェットさんです。バフェットさんは、世界最大の投資持株会社であるバークシャー・ハサウェイの会長兼CEOである世界有数の投資家で、バフェットさんが株を買ったというニュースが流れるとその会社の株価が上がり、逆に売ったと知られると株価が下がるとも言われるほどの影響力を持つ人です。
そんなバフェットさんのことを語るときに、”humble”という言葉がよく使われるのを聞きます。世界有数の大金持ちである バフェットさんのことを“humble”と言うときに、「粗末な」という意味であることは考えにくいので、この場合の"humble"は、「経済力に対して生活は地味」ということになります。日本語に訳すとしたら「堅実な」とか「地に足のついた」などの言葉が適切かと思います。
実際、バフェットさんの暮らしぶりはとても堅実で、3人目の子供が生まれるのを機に1957年に地元のネブラスカ州のオマハ郊外に31,500ドル(約350万円)で購入した家に今でも住み続けているというのは有名な話です。
投資家として大成功したらニューヨークやビバリーヒルズなど、大金持ちがたくさん住む場所で暮らしても良さそうなのに、ずっと自分の故郷で同じ家に住み続けているというのが、なんだか逆にすごいです。経済環境が変わってもライフスタイルは変えないというのは、自分にとって大切なものは変わらない。そして、それを守り続けるということなのかな、と思います。 「Oracle of Omaha(オマハの賢人)」と呼ばれる所以なのでしょう。そういう価値観は憧れますね。
訳しにくい言葉は解釈の余地が大きい言葉
"humble"という言葉は文脈によるニュアンスの振幅が大きいのと同時に、一つの言葉で"humble”と同じニュアンスの変化をする単語は日本語にはないため、通訳としては悩むことが多い言葉です。通訳していて"humble"という単語が出てくると思わず「出たなっ!」と身構えてしまいます(笑)。
そして、文脈によってニュアンスが変化する言葉というのは、「受け取る側が解釈する余地が大きい言葉」とも言えるのかもしれません。そのため、通訳である私が「受け取った」と感じるニュアンスが本当に話者が意図しているものなのか悩み始めると、本当にどう訳すべきか悩んでしまいます。
言葉の訳し方には一つの「正解」があるわけではなく、それが通訳という仕事を面白くするとともに、悩みの元ともなっているのです。