08.五右衛門風呂【沖家室】思い出備忘録
沖家室の祖父の家は、五右衛門風呂だった。
子どもと大人が1人ずつ入ると
ぎゅうぎゅうになってしまうような小さめの丸い風呂釜で、
入るときには丸い板を底に沈め、その上に乗るように入る。
風呂場横には焚き口のある倉庫があり、
その焚き口から湯を沸かすのだ。
私はそこで一人、お湯を沸かすのが好きだった。
毎日飽きもせず昼過ぎから夕方まで海で遊ぶ。
日が落ちかけ、体が冷え切って唇が紫色になる頃、
今日はもう限界、と、海から上がり、風呂を沸かすのだ。
砂でジャリジャリしたビーチサンダルを引っ掛け、
重い木の引き戸を力いっぱい引いて、倉庫の中に入る。
祖父や祖母が仕事をしている広間や家族のいる居間とは対照的に、
倉庫はいつもひんやりとして暗く、静かだ。
ガソリンの混じった独特の匂いを、湿ったような空気と一緒に吸い込む。
倉庫には、祖父が仕事で使うための道具や、
農作業などで使う籠や箱、収穫した玉ねぎなどと一緒に、
新聞紙などの紙類がたくさん積まれている。
その中を通り、風呂場へつながるドアを開けて風呂場に入ると、
まずは、風呂釜に水を貯める。
そして倉庫の焚き口の前に座り込むと、
鉄でできた焚き口の蓋を、火挟でよいしょと開ける。
蝶番が壊れて斜めになっているため、
あまり蓋の役目は果たしていない。
昨日燃やしてできた灰を火ばさみで掻き出して箒ではき、
その辺の新聞紙を取ると焚き口の中へ突っ込む。
時々、迷い込んだフナムシがウロウロしているのを
火ばさみで追いやって、倉庫の外へ逃がしてやる。
置かれた大きなマッチ箱からマッチを1本取り出すと、
緊張しながらマッチ棒の軸を持ち、
慎重にやや力を入れて、シュッとマッチを擦る。
ぽっとマッチに火がつく。
今日は一回でうまくいった。
指に火の熱さを感じながら新聞紙を近づけると、
メラッと火が燃えうつり、慌てて焚き口に突っ込む。
焚き口の中では別の新聞紙に火が燃え移っている。
マッチで火をつけるという一番の難所を乗り越え、
ほっとしながら燃えている新聞紙を眺める。
いつもぼんやり火を眺めるのに熱中してしまい、
湯は思ったより熱い。
今日のお風呂も日焼けの肌にバッチリしみるに違いない。