07.梅干【沖家室】思い出備忘録
祖母は毎年梅干を漬けていた。
昨今流行りの塩辛くない梅干ではなく、
口に入れた途端、しょっぱさとすっぱさで
顔のパーツがすべて真ん中に寄ってしまうような、
昔ながらの大きな赤い梅干だ。
少し齧るだけで、ご飯を食べずにはいられない。
保存性と食の刺激という
本来の目的を大いに果たす梅干だった。
梅干はお馴染みの赤い蓋の保存瓶に漬けられている。
祖父の家の廊下には、梅干や梅酒など
手製の保存食を保管する扉付きの保存棚があり、
たくさんの瓶が静かに出番を待っている。
祖母が方々に散らばる子どもや孫の分も漬けているのだ。
「もうこの前もらった分の梅干がなくなった」
そんな知らせを聞くと、
梅干は大きなインスタントコーヒーの瓶に移され、
みかんや海産物などと一緒に送られてくる。
そんな日は、夜に祖父や祖母に電話をして
家族全員で電話機をリレーのバトンのように渡しながら
近況報告をするのが恒例だ。
大きな学校行事など、
話のネタになるようなことがある時もあれば、ない時もある。
特になんにもない時は、何を話したものか、
ちょっぴり気まずい気持ちになる。
「学校でよう勉強しとる?」
祖母はいつも勉強の頑張り具合を聞く。
頑張っているような、頑張っていないような・・・。
至って凡庸な子どもだった私は、いつも返事に困りながらも、
なんとか「うん・・・」と歯切れの悪い返事をして、
弟に電話をかわる。
今でもスーパーで黒い蓋のインスタントコーヒーの瓶を見ると、
なんだかすっぱいものを見たような、そんな気持ちになる。