映画のような重厚な韓国ドラマ「나의 아저씨(邦題:「マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~」)」
30年以上の韓国との長くて深い関わりのある私にとっても、一般的な韓国人のイメージは(特に日本人のそれと比べると)、大きな声で思ったことをストレートに口に出し、感情表現が豊かな民族である。実際にそんな人々が多数派だ。
ところが、このドラマの主人公のふたりの男女は、どちらも寡黙で思いを心の中に封じ込め、感情を表に出すことがめったにない。それだけでも、韓国のドラマや映画としては異例な設定だ。
光るIUの演技、イ・ソンギュンの演じるパク・トンフンに共感
歌手のIUが演じるイ・ジアンは不遇な重たい過去と現実を背負い、耳に障害のある寝たきりの祖母とふたりで、ソウルの片隅でひっそりと暮らしている。
イ・ソンギュン演じるパク・トンフンは大企業の部長で妻は弁護士、10歳くらいのひとり息子はアメリカに留学中という一見恵まれた環境にあるが、人生に深い悲しみを抱えて生きている。
物語は、普通なら決して交わることのないふたりが、イ・ジアンがパク・トンフンの勤務する会社の非正規社員として派遣されてくることから始まる。そして、イ・ジアンが借金返済のために、パク・トンフンの大学の後輩で社長のト・ジュニョンのスパイとして、パク・トンフンのスマホを盗聴するという異常な関係から発展していく。
当初、金のためにパク部長を陥れようとしていたイ・ジアンだが、盗聴を続けるうちにパク・トンフンに自分と同じ臭いを嗅ぎつけ、かつ、彼の誠実な人柄に次第に心惹かれていく。
IUの静的な言動ばかり続く演技がとても光っている。また、パク・トンフンのキャラクターは私自身とダブルところが多々あり、とても共感が持てた。(例えば、20年ほど前までの韓国では考えられなかったような、帰宅後に妻のいない家で掃除や洗濯をする姿、帰宅前に電話で妻に「何か買って帰るものはないか?」と必ず聞くシーンなども。)というわけで、この、テレビドラマとしては地味で重たすぎるテーマの物語に、私はどんどん引き込まれていった。
映画がテレビ化するなかで映画より映画らしいドラマ
昨今、テレビドラマのような軽くて内容の希薄な映画が多いなかで、このドラマは映画が本来持っていた人間の心の襞の裏側までも映し出していく重厚すぎるドラマだ。例えば、前半、イ・ジアが盗聴する帰宅途中のパク・トンフンの喘ぐような吐息の音が何度も出てくるシーンはとても印象的だ。
主人公のふたりがあまりに非韓国的なキャラクターなのと対照的に、パク・トンフンのふたりの兄弟や母親、そしてトンネ(町内)の人々が、「古き良き韓国」を絵に描いたような人情味溢れる人々として描かれることによって、映画としてのバランスを保つことにも成功している。
また、それらの人々を含め、すべての人々が「生きづらさ」を抱えて生きており、その「生きづらさ」は昔にもあったそれであったり、一方で、非正規労働やリストラなど現代的なそれであったりもする。
韓国ドラマの神髄
脚本はパク・ヘヨンという女性作家だ。日本のドラマでも、時々いいと思うドラマの原作や脚本は女性のことが多い。このような韓国としては斬新な物語の設定は、女性ならではのものだと感じた。
2018年に放送された本作は、韓国内で様々な賞を受賞している。さもありなんと思う。
日本でもWOWOWのドラマには、重厚で社会性のある見応えのあるドラマが少なくないが、それでもやはりエンタメに比重がかかりすぎ、本作ほど人間の内面を掘り下げたドラマに出会ったことがない。
韓国ドラマの神髄を観た気がした。