ハイビスカスローゼルと両親
唐突に母にハサミを渡され
「裏に行って、持っておいで。」
そう言われた。
よく分からないままに"裏"と呼んでいる、実家の裏手の方に回る。行けば分かるかな?と思ったから。
ん?これかな?きっとこれだな。さっき、父との会話で「気持ち悪い」って言ってたな。これが「気持ち悪い」の正体か。これを切れと言っているのだな。どう見ても切らねばならない姿をしている。このままにしておいてはいけない、今にも踏まれてしまいそうだ。
これは植物。凛とした姿はとうの昔、もうボクだけでは支えきれなくなっちゃった、と言わんばかりに駐車するスペースに大きく傾くばかりか、寝そべっているに近い状態になっている。1.5m程はあったかと思われる、結構大きな植物には、3cmほどの真っ赤な実がたくさんなっていた。
ジョキ、ジョキ、ジョキ。
チョキン、チョキンでない。ジョキジョキ。結構な力を要する茎。一株切るだけで割と労力を消費してしまった上に、一度に抱えるのがやっとの量。溢れ落ちそうになる枝を抱えて、裏口からキッチンにいる母のところに持って行った。
「これ?」
「そう。持って帰るでしょう?」
「うん。。。」
これが気持ち悪い。。。かぁ。
まぁ真っ赤な実がこれだけなっていたら、母にはどうすることも出来なかったんだろうな。確かに、赤といっても朱色ではなく、血に近い、少し黒っぽい赤。蕾のような形をしている。
「久しぶりに裏に行ったらね、何かなってるのに気づいたの。夏に近所の人に、立派な花ですね。生け花にしたらいいでしょうね、ってこの花を見て言われたんだけどね、そう思うなら持って行って下さいな!って言いたかったのよ。」
なんだ、言わなかったんかい。
それで、今か。
どうも母は、この植物には興味が無いらしい。一生懸命咲いていたろうに、可哀想に。。。ということは、これを植えたのは父だな。そう思って父に聞いてみる。
「これは何?何の実?」
「知らん。」
知らずに植えたんかい。母も母なら父も父だな。
どこでこの株を購入したのか?はたまた貰った物なのか?聞いてもきっといい答えは返ってきそうにないな、そう思い、父の目の前でGoogleカメラ検索をした。
「へぇ。これ、ハイビスカスローゼルって言うんだって」
「ハイビスカスね?」
「うん。そう書いてあるよ。こんな花がなってたんじゃない?」
「そう!」
"気持ちが悪い物"が何者なのかハッキリした時点でスッキリしたのか、母の気持ちは別のところに行く。
「で?今日はなんの用事があって来たの?」
「あぁ。○○(息子)の成人祝いの写真ができたから取りに行ってきたのよ。」
両親ももうなかなかの歳だし、私は子どもたちの世話もないので、ちょくちょく何かにつけて実家に顔を出すようにしている。と言っても車で1時間の距離はちょっと遠く、日頃身体を使う仕事の私には休める時間も欲しくて、多くても1ヶ月に一度ぐらいのペースだけど。
そしてその度に父がスマホの使い方を私に訊ねる。私が行くと、待ってましたとばかりに
「これを消して欲しいんだけど」
「これはここに」
「これはどういう意味ね?」
そんなののオンパレードだ。同居している独り者の兄とは昔から折り合いが悪く、兄に質問もしにくいらしい。
そんな父にさっき、Googleレンズの存在を教えてしまった。
「さっき、どこをどうしたらアレが出てきたの?」
ほらね。来た来た。
「へぇー」
笑みを浮かべ、スマホの画面を見ながら裏口の方に向かう父。行ったな。あの様子じゃなんでもかんでも検索してみてるぞ。案の定、いっとき帰ってこない。いいおもちゃを与えた気分になった私は、母と息子の写真を見ながら何でもない日常を話す。
秋なのに、暖かい日。
どこからか、金木犀の香りもしてくる。
冷房こそつけないが、日差しが強いので、運転するときは娘から貰ったアームカバーをつけて来た。
その日来ていた服は、私は長袖の白い綿シャツ。でも父と母は半袖の、着心地の良さそうなTシャツ。
「寝る時は長袖を着るけどね」
それから布団の話しになり、一緒に洗濯物を畳む。
「さて、そろそろコロンのお散歩の時間かなぁ。」
「そうだね。帰りな。」
「うん。」
そうやってまた1時間の道のりを経て着いた家。
待ってましたぞ!と玄関でしっぽを振る愛犬。
白内障でもう目は見えていないのに、家族の気配は分かるんだよなぁ。この子に嘘はつけないなぁ。なんて、つくつもりもないのにいつも想像する。そして荷物は玄関に置いたまま、今度は愛犬と一緒に外に出る。
持って帰ったハイビスカスローゼル。
とりあえず見事だったのでリビングと玄関に飾り、残りは実だけにしてトイレに飾った。
数日後、少し萎んできたこの実が何か役に立つのかな?と思ってまた検索したところ、実だと思っていたこれは、じつは実ではなく萼であり、その中にあるのが実である、とのこと。
ハイビスカスティーとは、この萼を乾燥させたものであり、実の中にある種はお風呂に入れるとトロッとして保湿効果があるとのことだった。
それを見たら実戦せずにはおれない性格。早速赤い萼を乾燥させている。種はお風呂に入れるためにお茶パックに入れてみた。
今日のお風呂が、楽しみだなぁ。