『春望』新訳ご紹介
先週末、春の漢詩講座第2回が無事終了しました。今回は初めて、昼の部と夜の部の同日2回開講にチャレンジしました。ご参加くださった皆さま、ありがとうございました。
杜甫の『春望』は、日本人には大変馴染みの深い漢詩です。
古くは松尾芭蕉も『奥の細道』の中で触れていますし、多くの人が中学・高校時代に学んだ記憶をお持ちではないでしょうか。
昨年春に一度ブログで取り上げましたが、今回は別の解釈に基づいて、私訳に少し手を加えてみました。
「三月」をどのようにとらえるかということに着目して、五句目・六句目の訳し方を変え、また、全体的に表現を手直ししました。
どちらが正解というものではなく、二通りの解釈があるということですので、ご自分にとってしっくりくるものを受け入れていただければよいかと思います。
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春望Chūn wàng
杜甫Dù Fǔ
国破山河在 Guó pò shānhé zài
城春草木深 Chéng chūn cǎomù shēn
感時花濺涙 Gǎn shí huā jiàn lèi
恨別鳥驚心 Hèn bié niǎo jīng xīn
烽火連三月 Fēnghuǒ lián sānyuè
家書抵万金 Jiāshū dǐ wànjīn
白頭掻更短 Báitóu sāo gèng duǎn
渾欲不勝簪 Hún yù búshèng zān
【書き下し文】
国破れて山河在り
城春にして草木深し
時に感じては花にも涙を濺(そそ)ぎ
別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
烽火三月に連なり
家書万金に抵(あ)たる
白頭掻(か)けば更に短く
渾(す)べて簪(しん)に勝(た)へざらんと欲す
【桂花私訳】
春のながめ
都長安は破壊されても、山も川ももとの姿のまま
都には春が訪れ、草や木がいつもの春のように生い茂っている
この戦乱の世を思うと、花を見ても涙がこぼれ
家族との別れの悲しさに、鳥のさえずりにもビクッとする
戦(いくさ)の狼煙(のろし)は春三月までずっと続いており
家族からの便りは万金に値するほど大切である
白髪頭に手をやると、髪は一層少なくなっていて
こんなことでは冠をかぶろうとしても、とても簪(かんざし)はさせそうにない
昨年の記事です。ご参考までに。