見出し画像

超芸術トマソン「荻窪の空中純粋ドア」

──超芸術トマソン(ちょうげいじゅつトマソン)とは、赤瀬川原平らの発見による芸術上の概念。不動産に付属し、まるで展示するかのように美しく保存されている無用の長物。存在がまるで芸術のようでありながら、その役にたたなさ・非実用において芸術よりももっと芸術らしい物を「超芸術」と呼び、その中でも不動産に属するものをトマソンと呼ぶ。その中には、かつては役に立っていたものもあるし、そもそも作った意図が分からないものもある。 超芸術を超芸術だと思って作る者(作家)はなく、ただ鑑賞する者だけが存在する[1]。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


ここには誰かいるのか。
いるとしたらどうやって入ったのか。
いるとしたら、どうやってでるのか
出る時にいちいち梯子を出すのか。
出かける時に出した梯子はどうするのか。

友人が遊びに来る。
上から梯子を出して登る。
部屋で呑む。
帰る時、酔っ払った友人は梯子を無事に下りれるのか。

新聞受けがある。
毎朝、新聞を投げることに熟練した新聞配達人が、
下から見事にあの新聞受けにスポっと投げ込むのか。

鍵が二重になっている。
頑丈なセーフティが施されているが、
このドアを開けようと試みた空き巣がいるのだろうか
それとも、一度も開けられたことのないドアの
純粋性を示すためのシンボルなのだろうか。

もしもこれがどこでもドアであったとする。
とすると、これは開けて踏み出した途端に、
下に落ちて大けがをするという
「不幸のどこでもドア」なのかもしれない。

※どこでもドアを開けたときはいきなり足を踏み出さず、
よくドアの向こう側を確認することをお勧めする。

超芸術トマソン「荻窪の空中純粋ドア」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?