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「(ジャズにおいて)演奏時にどのくらい周りを聞くべきか」Part3 「フリーミュージックの演奏のスタンスに学ぶべきかも」
前回のエントリーで曲をよく知るということを書きました。
どのくらいよく知っているかと言えば「自分の家への帰り道」位、全く何も意識しなくてもたどり着けるその風景も知っていると言う位の状況まで曲を知ると言うことです。
確かにそれはなかなか難しいことではありますが、例えばブルース。例えばリズムチェンジ。この辺はジャズをやっている人であれば誰でも、楽譜を見ずに演奏できるはずです。まずそこで人の演奏をよく聞きながら自分の演奏すると言うことをやってみることもできるのではないでしょうか。
私は楽譜がある音楽もたくさんやっていますが、楽譜のないフリースタイルの音楽をやる機会も多く、ごくたまにですが大人数のフリーなバンド、あの渋さ知らズで演奏させてもらうこともあります。また、AOSABA、mamma-goatという集団即興を核とするバンドにも参加しています。これらのバンドはいずれもが簡単なテーマはあるとは言え、曲の進行は偶発的で自由で即興的に行っています。(ダンドリストという指揮者がいる場合もあります)。またテーマがない(曲ではない)インプロビゼイションだけの即興も、そこでは良く起こります。
これらのフリーミュージックの演奏、あるいはフリージャズを演奏する時は、徹底して共演者たちの音をよく聴きます。あるいは「音を出す以前の気配」を最大限に感じるように、気配の感度を最大にします。
逆に言えば、それをしなければフリーミュージックの演奏における手がかりはありません。
フリーミュージックの演奏をすると言うことは、共演者の音、音楽を聴きその音楽に対して自分がどんな反応ができるのか、そしてそれがどんな化学反応を起こして音楽を推進し、いい音楽を作ることに貢献できるのか、を考えながら演奏することに尽きるからです。
この演奏へのアティチュード、演奏への姿勢は、普通のスタンダードを演奏する際にも、そしてもっと複雑でコードが入り組んだビバップなどを演奏する際にも、本来的には同じであり、目指すべき境地なのかもしれません。フリーミュージックの演奏は、コードや楽譜をすっ飛ばすことで、本質により近づけるようにも思いました。
この話しは、また続きます(の予定です)。