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記憶の押入れのなかにある思い出
ブルブルブルブルブルブル。
カタカタカタカタカタカタ。
まるくて黒い塊が、規則正しく上下に動く。
……かと思うと、予想に反してグルグルと回りはじめたりする。
ひと昔まえ、よく見かけた旧式の電動マッサージチェア(以降、マッサージチェア)。
ポチっとスタートボタンを押すと、冒頭のように動きはじめる。
やや近所迷惑な音を発しながら。
それに比べると、いまのマッサージチェアはとても進化した。
ほぼ全自動であれこれやってくれる。
人間は、ただ座りながら、ポチっとボタンを押すだけでいい。
あとはいい塩梅に揉み叩いてくれる。
なんという優れものなのだろう。
ぼくは最近、首こりと肩こりがひどい。
いっとき、体調不良で寝たきり生活をしていたため、それが原因で首や肩回りの筋力が落ちたと思われる。
ちょっと長いあいだ椅子に座っているだけで、首や肩が凝りはじめるのだ。
そんなとき、「マッサージチェアがあればいいのになあ」と思う。
と、同時に、僕の妹が小学生だったころを思い出すのだ。
「首と肩の位置、ちゃんと合わせたほうがいいよ」
僕が言うと、妹は大丈夫と返してきた。
いやいや、大丈夫じゃねえだろう。
本来、首と肩のところにくるはずの器具が、頬のところにきている。
「ケガするよ」
「弱にすれば痛くないから大丈夫」
強気の妹は僕の忠告を聞かず、マッサージチェアのスタートボタンを押した。
ブルブルブルブルブルブル。
カタカタカタカタカタカタ。
まるくて黒い塊が、妹の顔を上下に激しく揺らした。
彼女は「とめ……、と……て、とめて!」と繰り返しながらリモコンを両手で握りしめ、僕に何かを訴えかけてくる。
ブルブル、カタカタという音が邪魔をして、声が聞き取れない。
そのあいだも、マッサージチェアは自分の仕事をまっとうしていた。
妹は器具を正しい位置に合わせないだけでなく、「強」のままマッサージチェアを動かした。
だから、生まれてはじめて見るといっても過言ではないスピードで、顔を叩かれているのだ。
「あ、ああ~!」
妹の叫び声が、悲鳴に変わった。
どうやら「停止」を押したつもりが、「揉み解し」のボタンを押してしまったようだ。
規則正しく上下に動いていたそれは、円を描くようにクルクル回りはじめた。
上司の命令に忠実なサラリーマンのごとく、マッサージチェアはリモコンからの指令を忠直に守っている。
― だめだ、もう我慢できない。
僕は大笑いした。
記憶はそこで途切れている。
以降、覚えているのは、精魂尽き果てた顔でマッサージチェアに座っている妹の顔だ。
あのころ、僕と妹は仲がよかったほうだと思う。
年子ということもあってケンカが絶えなかったけれど、くだらない話をしてたくさん笑うような、きょうだいだった。
でも、僕がある事件を起こしてから、それはなくなった。
20年ほど、ほぼ口をきいていない。
なのに、ほんの些細なことをきっかけに、いろんな出来事を思い出すことがある。
きっと本当に大切な思い出は、一生忘れないようにできているのだろう。
ふだんは記憶の押入れの奥にしまい込んで、その存在すら思いださないのに。
そういった思い出が、数えきれないほどある。
それが家族なのかもしれない。
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