「2023・私グラミー」最優秀アルバム部門
前回に引き続き
今回も2023年のまとめです。
ユーカリさんとのポッドキャスト「音楽からはじまる」では、「私グラミー」と銘打って、今年の「最優秀新人賞」「最優秀アルバム賞」「最優秀楽曲賞」「特別賞」を超個人的に決めました。
「最優秀新人賞」のnoteはこちら。
そして、今回の「最優秀アルバム賞」に関してもポッドキャストのエピソードが投稿されています。本記事はそのテキスト版です。
最優秀アルバム賞
今年(2023年)リリースされたアルバムに個人的に送る賞
以下ノミネート作品(★が最優秀賞受賞)
※リリース日順
1. e o / cero
上半期のTwitter音楽界隈を席巻してたアルバム。肌感ですが。
でも、そうなるのも納得。2018年以来の新作は、前作以来リリースされたシングル曲をさらに強力にしていたような印象を受けました。何故かは分かりませんが、2021年に聴いた『ネメシス』と、今年聴いたものとでは、明らかに後者の方が強いのです。
アルバム全体の曲がシームレスに繋がっている構造、というのは別に珍しいものでもなんでもないですが、それを作るアーティストのアルバムに対する意識度の高さ、みたいなものをつくづく感じます。
もはや今の時代、アルバムを出す意味なんて本当はないはず。1曲単位で聴く人が大多数。チャートもプレイリストも、アルバムの構成などとは関係なく決められていく。それでもアルバムを作る意味があるとするならば、アルバムを作るなりの明確な意図だったり目的づけが必要になってしまっているのかもしれません。今年だと特に、King Gnuの新作『The Greatest Unknown』であったり、後述するVaundy『replica』が代表的でしょうか。ストリーミングチャート時代の勝者とも言える彼らでさえ、アルバムをリリースする際には何かしらの意味づけをせざるを得ない。
「アルバム単位で聴く」「アルバムチャートを作る」「最優秀アルバム賞を決める」なんていう行為がそもそも廃れつつあるのかもしれません。そんな中で、私たちはいつまでアルバムを面白がれるのでしょう。
2. METRO BOOMIN PRESENTS SPIDER-MAN: ACROSS THE SPIDER-VERSE (SOUNDTRACK FROM AND INSPIRED BY THE MOTION PICTURE) / Metro Boomin
今年公開された『スパイダーマン:スパイダーバース』シリーズ第二作、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』のサウンドトラック。
前作『スパイダーマン:スパイダーバース(原題:Spider-man: Into the Spider-Verse)』のサウンドトラックも錚々たるラッパー&シンガーが参加したアルバムだった以上、新作サントラの期待値も上がりまくっていたのですが、Metro Boominがそのハードルを軽々超えていきました。
前作に関しては、Post Malone & Swae Leeの『Sunflower』、Blackway & Black Caviar『What's Up Danger』あたりは私のドストライクでしたし、今もそうです。(iPhoneの待ち受けはLeap of Faithのシーンになってます)
今作はアルバム自体がMetro Boomin名義でリリースされることで私自身の期待値&注目度が一気に上がり、日本での映画公開前にかなりアルバムを聴き込んだ状態で映画館に行くことができました。
映画を観る前、アルバムを最初に聴き込んだ印象で一番好きだったのはCoi Lerayが歌う『Self Love』。最初は気づかず聴いていたのですが、内容は完全に登場人物グウェン・ステイシーについてのもので、映画冒頭の一番最初に出てきたことで映画自体への没入度が一気に高まったのを覚えています。
そして何より、劇場でMetro Boominのタグを聞けることが最高の体験なんですよね。
(これを劇場で目撃した瞬間、勝ちを確信しました。)
このアルバムでハイライトとなる曲はたくさんあるのですが、とにかくスパイダーマン側(ソニー・ピクチャー)と完全にタッグを組んだことで、ファンムービーのような公式MVが乱立。個人的には部屋飲みのお供はいつもこれでした。
3. ありがとう / never young beach
ニアリーイコール細野晴臣になっていく安部勇磨、いいですよね。
今年はソロでもEP『Surprisingly Alright』をリリースして、そちらも大好きでよく聴いていたのですが、ネバヤン『ありがとう』の静かな破壊力にやられました。
2曲目の『毎日幸せさ』、全編パンチラインです。
初めて聴いた時に耳を疑って最初から聴き直したほど。
「だけどもなんでだか生きてる心地もしないよな」
「みんなで前ならえ 安心安全右向け左向け」
「いつでも僕らはさ こんな調子で麻痺して馬鹿になる?」
「公平 平等 均一 潔癖で 責任取らすの流行ってるんですね」
ネバヤンの「優しさ」みたいなものはない。そこにあるのは怒りだけ。
もちろんネバヤンのサウンドで包むことで優しく映ってはいるが、そこには怒りが沸々と煮えていて、こういう作り手がいてくれることに安心する私がいたり、背筋が伸びるようでもあったり。
アルバムの最後は先行シングルとして配信されていた『帰ろう』
「あなたのそばに帰ろう」というマインドは、ある意味ではセカイ系的なものとも通じ合えるものがあるかもしれない、と感じてしまった。
どれだけ世界が最悪でも「あなたのそば」にセーフゾーンがあるだろう、という極めて最小単位の社会に希望を見出すような態度。
想像してしまったのは、宮﨑駿『君たちはどう生きるか』の眞人が大叔父に「友達をつくります」と言い放って世界を捨てたこと。そして、元の住む世界へと帰って行ったことです。もう世界に信じられるものは「わたしとあなた」の中にしかない。
この事実に絶望するのか、その最小単位の社会を愛でるのか。私の中でまだ判断はしかねています。
4. Barbie The Album / V.A.
今ノミネート作の中で2つ目の映画サントラ。
バービーの映画であると同時に、かなりケンの映画であったことは特筆しておきたいのですが、その辺りは速水健朗さんのポッドキャストで詳しく語れていました。
映画『バービー』は、冒頭の『Pink』といい(Bad Day ver.も含めて)、『Dance The Night』といい、『What was I made for?』といい、随所でサウンドトラックからの楽曲が最高のタイミングで使用されていることは明らかなのですが、やっぱり忘れちゃいけないのは『I'm Just Ken』だと思うんです。
歌い出しから何もかも完璧なライアン・ゴズリング、もう一人のケン、シム・リウ、ンクーティ・ガトワをはじめとするその他大勢のケン等。
大真面目に、計算され尽くしたギャグが爆発することで、もう何もかもをコメディーに変えてしまう最高の演出。
(メイキング映像では監督のマーゴット・ロビーが誰よりも楽しそうで最高)
ライアン・ゴズリングのようなムキムキで白人のイケメン(そしてその他大勢のグッドルックなケン達)が、「I'm Just Ken!」と叫んで、好きな人から友達扱いしかされないとか、いつも2番手とか、本当の愛を知りたいとか歌っている。滑稽だけど、どこか共感できてしまう。
男性の弱さや生きづらさは、語られるべきタイミングが来ているように思います。これまでは覇権的な(まさに馬と車!)な世界に身を置いてきた男性たちが、社会的なバッシングを受けるようになった。加害の事実や加害性を考えれば、それは当然のことではある。しかしそこで悩み、葛藤する男性像は語られないまま、雑に「おじさん」がただ叩かれる構図が形成されつつある。
ならばまずはその悲哀を笑いとして引き受けて、そこから次のステージへと進む。そこまで理想的に事は進まないかもしれないけれど、ライアン・ゴズリングだって悩むなら、私たちだって悩んで当然じゃない?と思わせる力は多くの悩める男性を救うはず。『I'm Just Ken』はそんな最先端で、最も原初的な優しさを内包している気がします。
5. Get Up / NewJeans
今年は、なんだかんだずっとNewJeansを見ていたように思います。
思い返せば『OMG』が出たのだって今年です。あらゆる話題の中心に常に彼女たちがいましたし、あらゆる広告の中心にもいました。
夏にはSUMMER SONICでNewJeansをついに生で見ることが出来ました。
出来たのですが、アリーナに開場とほぼ同時に入ってしまい、猛暑直射日光の中待機したことで、見事にパフォーマンス中の記憶は飛んでいます。
さて、EP『Get Up』についてですが、MVも含めて、6曲にしては密度が濃すぎます。『Cool With You』のMVが出たあたりで、深入りするのは危険だと直感しました。
分からなくもないが、やっぱり全然分からない。Side BがSide Aの答え合わせになっていそうで、全くなっていない。そしてほとんどNewJeansのメンバーは出てこない。なんか屋根の上とかに立ってる。天使モチーフも怖い。
『ASAP』はもっと怖い。水面に花びらと浮かぶメンバー。明らかに『オフィーリア』のオマージュ。一番有名なのはミレーによる絵画だけど、元の引用元は『ハムレット』で、水中に浮かぶシーンは彼女が溺れ死ぬ寸前の描写だそう。
しかももっと調べると、ルフェーブルによる『オフィーリア』とかはMVそのまんまなんですよね。いくら芸術点の高いアイドルだからといっても、プロデュース側が彼女たちのモチーフに死を持ってきすぎな気はしますが、14〜18歳くらいの女性の刹那的な美しさが際立っているのも確かです。
6. GUTS / Olivia Rodrigo ★
おめでとうございます。最優秀アルバム賞受賞作はこちらです。
前作『SOUR』も好きです、が、今作はずば抜けていました。
まず1曲目『all-american bitch』では相変わらずの歌詞の鋭さ。
若干20歳にしてこんなことが言えてしまう、いやむしろ言わせてしまう社会が大問題。しかしこれまで多くの人が抱いていたであろう感情をこれほどのポップスターが堂々と歌い、そして叫ぶことの意味はあります。
SNLのパフォーマンスでは、「そういえばこの人ディズニーチャンネルの女優だった」ということをまざまざと思い知らされる表現力です。表情の切り替えとか、動きの隅々まで、凄いし何だか怖い。
ポップロックの楽曲だと『bad idea right?』や『ballad of homeschooled girl』、『get him back!』もキレキレで最高でした。「元彼やっぱり好きかも」「パーティー全然おもんない」「元彼を取り戻す!」といったテーマの曲たちですが、この不完全さや満たされなさ(実体験?)が盛り込まれていると、急にアーティスト個人としての解像度が上がり、曲への共感のレベルもまた一つ上がるような気がしました。弱さを見せられると、セレブやスターに対して抱くこちら側の親近感はやはり違ってきます。
(日本語字幕が全部カタカナ。なるほどそういうニュアンスなのね。)
そして最後の曲『teenage dream』
アルバム全体を通してオリヴィア自身の年齢についての描写はかなり多いのですが、この曲ではさらに言及しています。そもそもオリヴィア・ロドリゴは2003年生まれの20歳。ディズニーチャンネルの女優として活躍し、2019年には『ハイスクール・ミュージカル:ザ・ミュージカル』で主演。2021年にアルバム『SOUR』をリリース。
疑う余地もなく、世界中の誰よりも注目を集める10代を過ごしてきた人です。
そんな人がコーラスでこんなことを歌っている。
そりゃ、あなたみたいな特殊な境遇の人はそう感じるでしょ!
とも思うのですが、その後にアウトロへと続くパートが興味深いです。
このパートで終わることによって、「雲の上のポップスター」の憂鬱が、一気に「私たち若者」の憂鬱へと変化します。どう考えても良くなる気配がない世相とか、地獄を極めるけど抜け出せないソーシャルメディアとか。
よく考えたら今でも未来でもなくて過去が一番楽しかったんじゃないか、みたいなことを本気で思う瞬間は少なからず誰しもがあるはずです。
そういった未来への虚無感であり絶望感を一番の成功者が歌っている。あなたは私の気持ちをわかってくれる、という気持ちに少なくともさせてくれる。だからこのアルバムが最優秀賞です。
7. Two Moon / TOMOO
最優秀新人賞にも挙げました、TOMOO。
そちらの方で大体のことは書いてしまったのですが、「やっぱり私はピアノの音が好きなんだな」と思えたアルバムでした。TOMOO自身が卓越したピアノ奏者であることは言うまでもありませんが、それをポップミュージックの中心にしっかりと据えて多くの曲が構成されている、もの凄い完成度のアルバムだと聴くたびに感じています。
本当にもっとテレビで取り上げられるべきだと思っています。
不特定多数のマスにこそ、この音色と声は届くべき。
そういえば年始にオールナイトニッポン出演が決まったそう。
藤井風みたいに段々世間にバレてく過程が見られるかも。
8. replica / Vaundy
「Twitter音楽界隈」私はあんまり得意じゃないです。みんな偉そうだから。「〇〇知ってる?知らないの?××聴くなら押さえとかなきゃダメだよ〜」みたいなノリが(偏見ではあるけど)蔓延しているような気がして。
冷笑主義的な態度が一番良くないのは自分でも知っているはずなのに、音楽解説系YouTuberがいけすかないからその人の新著を出版すらされていないのにバカにし、冷笑し、批判する、みたいな態度はここ数十時間で見たものです。
でもそれは嫉妬でしょ?
「もう少し雄弁で、流暢に話せて、動画編集スキルがあったら、こんなYouTuberよりもっと良い評論ができる」みたいなことを思ってるだけでしょ?これは「Twitter音楽界隈」の悪い側面だと思っています。たまに良い新譜とか教えてくれるところは好きだけど。
さて、Vaundyの新作『replica』もリリースされるや否や各所でやいのやいの言われていた印象があります。「〇〇のパクリ」みたいなやつも含めて。
そもそも題名が『replica』の時点で、これまでの影響を受けたアーティストの足跡にリスペクトを示した上でVaundy自身が「模倣を称した」という構造のはず。それに対して(大してインタビューも読んでなさそうな感じで)パクリ的な批判をするのは、見当外れです。
批判的な批評はどの音楽もされて然るべきですが、批判が目的化したら終わりだと思ってます。これは私自身にも言っています。
あと、とどのつまり、売れたら勝ちなんです。
みんな今更『Blinding Lights』聴いてa-haがどうだの言わないでしょ?
リリース直後には渋谷駅ハチ公口周辺でVaundyの広告が展開されていて、キャッチコピーにはこんなフレーズが書いてありました。
「何曲知ってる?」
こんなキャッチコピーを打ち出せる人が2023年現在日本に何人いますか?気持ちいほどに売れている、ポップミュージックの「ポピュラー」の王道を行くかっこよさを認めるべきだと思います。
『宮』は一歩間違えたらとんでもなく下品になっているはずなのに、絶妙なワードチョイスと音色と声色が「極上のミドルテンポ・ポップ」を演出している。すごい。
やっぱりハイライトはDisc 1を締める『replica』。
私は、2023年末に「What a terrible news」って歌ってくれる人がいて良かったと思っています。だって今年もやっぱり酷いことばかり社会では起こっていたから。
その中で嘘じゃない、trueを歌ってくれる人がメインストリームのど真ん中にいることを、もう少し希望的に見てもいいような気はするんです。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?