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退職後の競業避止義務 ~企業の場合と弁護士の場合~

『退職後の競業を禁止する合意』が弁護士間で話題です。
この「退職後の競業避止義務」は、勤務弁護士に限ったテーマではなく、一般企業の労働トラブルでも見かけるものです。
たとえば、不動産仲介会社に就職する際、「退職後3年間は、不動産仲介業その他競業を営んではならない。不動産仲介業を営む会社その他競業の会社に就職してはならない」という合意書を交わしていることがあります。
転職するとき、このような合意が、足枷となってくるわけです。

「在職中」と「退職後」の競業避止義務

競業避止義務には「在職中」と「退職後」のものがあります。
法的根拠や効力に差異があります。

「在職中」の競業避止義務は、労働者の誠実義務(民法1条2項、労働契約法3条4項)の1つであり、就業規則の定めや個別の合意がなくても、認められるものです。
ただし有効範囲を考えると、就業規則や個別合意でも規定すべきでしょう。

一方「退職後」の競業避止義務は、原則として発生しません。
退職後ですから、労働契約上の信義則や誠実義務は基本的に根拠になりません。
使用者と労働者の個別の合意があって、はじめて認められます。

※就業規則を根拠として「退職後の競業避止義務」が認められるかどうかは、労働法学説上、争いがあります。
(石橋洋「競業避止義務」『労働法の争点』66頁)

退職後の競業禁止の有効性

退職後の競業禁止の合意は、労働者の職業選択の自由(憲法22条)や、自由競争を制限するため、合意の有効性が大変重要な問題となっています。
これまでの判例では、競業避止義務の合意が、民法90条(公序良俗)に違反するかどうかという形で争われてきました。
(水町勇一郎『詳解労働法』〔第2版〕945頁以下)

結論からいうと、競業避止特約が有効となるかどうかは、有効・無効それぞれの裁判例があって、ケースバイケースです。
明確・客観的な基準が、法令や通達で示されているわけではありません。
広大な「グレーゾーン」の領域が広がっているのです。

有効性の判断基準

裁判例及び学説によって、競業禁止合意の有効性は、概ね以下4つの判断要素で検討すべきと整理されています。

① 使用者の正当な利益の保護を目的としていること
② 退職前の労働者の地位
③ 禁止対象業務、期間の長さ、地域が合理的範囲に限定されていること
④ 代償措置の有無と内容


※前記石橋67頁は、①と④が特に重要とする。
※前記水町946頁は、奈良地判昭和45年10月23日判時624号78頁を引いて「社会的利害」という視点も強調する。

実際の裁判例では、3年の競業禁止を有効とするのもあれば、2年でも長すぎるという判断もあります。
月額給与130万円超でも代償措置として不十分という判例もあります。
一つの判断要素で決まるものではありません。

政策による規制は不可欠

今の状況は不透明で、当事者の予測可能性が大きく害されています。
とくに労働者には、「競業避止特約が有効かどうか分からないけど、会社から訴えられるのは避けたい」という心理が働くので、転職や起業への萎縮効果が大きいです。

ですから政策での対応は不可欠です。
法律でこの手の合意を直接規制するかどうかはともかくとして、大枠のガイドラインの策定だけでも急ぐべきだと思います。

また、自由競争の観点からすると、在職中や退職後に競業が禁止されるかどうか(範囲、年数等)は、就職先を選択する際の重要事項といえます。
したがって、求人広告に載せる「労働条件」として、明示を義務づけることも考えられるでしょう。

勤務弁護士(イソ弁)の競業避止義務

法律事務所が、勤務弁護士との間で「退職後の競業避止義務」を定めることには、どういう問題があるでしょうか。

転職や独立の大変活発な弁護士業界のあり方からして、一定分野(たとえば「刑事弁護」)に限ったとしても、退職後の競業を禁止するのはいかがなものか、という意見はあるでしょう。
また、勤務弁護士の場合は、その地位が「労働者」なのか(あくまで)「独立した事業主」なのかという問題があります。

後者については、通常企業の従業員でも「退職後の競業禁止」は一定範囲内で認められていますから、仮に勤務弁護士が労働者であっても、法的に禁止は可能、あとはケースバイケースということになるでしょう。

一方、前記のとおり、自由競争の視点も欠かせません。
勤務弁護士が「独立事業主」であったとしても、所属事務所との合意内容が全て有効、という話にはならないはずです。
たとえば、勤務弁護士に対して、退所後の競業を広汎に禁止する合意は、「不当な拘束条件付取引」(不公正な取引方法12項、独占禁止法違反2条9項6号)に該当するとして、一部無効とされる可能性はあるでしょう。

弁護士会でも議論を

弁護士の場合は、使用者側も労働者側も、日弁連会規と所属弁護士会の規則に拘束されるという特殊性があります。
そのため、(退職後の)競業避止義務の問題について、国が議論するのを待つのではなく、弁護士会が積極的に政策議論するのはアリだと思います。

判断要素の明確化、上限規制、労働条件の事前提示など、使用者側と労働者側の双方にとって予測可能性の高い制度を作っていくことが望まれます。

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