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立つ鳥はあとを濁す 【前編】

<前編・中編後編


「これでもう……大丈夫だと思います」
 三島が、伸縮包帯の残りを器用に巻いて、プラスチックの救急箱に戻しながら言った。
「ありがとう」
 心なしか、左前腕の痛みが和らいだ気がする。
「意外だな」
「な……なにがですか。泉先輩」
「いや、おまえが手当てできるなんて」
「ああ……学生時代サッカー部だったんですよ。だから慣れているんです。ちょっとした怪我くらいなら」
 俺は左腕を上げ下げして、動きを確かめた。包帯とシャツの袖がこすれて違和感があるが、動きを妨げるようなものではなく、安心した。
「なるほど。うん、いい感じだ」
 恐怖に支配されていた三島の目に、少しだけ人間らしさが戻る。なかなか人懐っこくって良い後輩だったな、と改めて思う。
 俺はジャケットのポケットから愛用のワイヤレスマウスを取り出し、腰の高さで握った。それを知った三島は、絶叫しつつ床にへたり込む。
「いいいいいい泉先輩! ちょちょちょ待って待って待って!」
 必死の形相で後退りをしている。やたらと手足を動かしているわりに、ほとんど位置は変わっていない。踵が滑るたびに、ざらついたタイルカーペットがズゾっと音を立てる。
「なぁ、三島。ものごとは具体的にっていつも言っているだろ。そんなんで来週のプレゼン大丈夫なのかよ」
「はい! すみません。プレゼンは大丈夫です!」
「で、待つってどれくらい?」
「え、えっと」
「具体的に」
「あの……重松さんが出張から戻ってくるまで」
「ああ、それは……ダメだわ」
 空間に白い矢印が現れる。なんの変哲もないただのカーソルだ。
「お願いします! お願いしますぅ!」
 三島は顔から色々な体液を流している。いや、よく見れば下半身からも。
「おまえ、漏らしてるぞ」
「へ?」
 カーソルが頭部を指したのは、ちょうど三島が自分の股間に目をやったところだった。誤解されたくはないのだが、そのタイミングになったのはたまたまで、別に悪気があったわけではない。
 手の中でマウスをクリックすると、三島の頭部が破裂し、四散した。
 下顎だけが残った三島の顔は、なにか物足りないほどすっきりしてしまっている。しばらく酔っ払いのように揺れていたが、やがて仰向けに倒れ込み、他の十一体の死体と同じように床に転がった。


 死体はそれぞれ異なる臭いを放つものだ。いつもツーブロックの頭髪をばっちり手入れしていた多田は臭い。すぐとなりで死んでいる脇山が気の毒だ。彼女は匂いのジャッジが厳しかったから、なにかの報いを受けているのかもしれない。意外なのは肥満体の谷村さんからフルーツのような匂いがすることだ。人間の本質なんてものは、死んでみなければわからない。そんなことを考えながら、俺はエスプレッソマシンで煎れたコーヒーを啜った。鼻腔の死臭は瞬時に駆逐され、俺は自分をねぎらった。
 俺はこの”会社”で働いて、もうかれこれ四年になる。
 広告制作会社としては中堅。大手代理店の下請けが主な収入源だ。この業界にありがちだが、体育会系的な文化を残しながらも、ダイバーシティに理解あるところを見せたいという二律背反に揺れている。実はそれが居心地よかったのだ。厳しくもそこそこ理解ある上司、現場主義の先輩、カジュアルなりに忠実な後輩。組織からここを割り当てられた俺は、幸運だったと言える。
 会社で与えられた仕事をこなすことは、俺にとって潜伏の手段でしかない。社員として出世し、ある程度の地位についたら乗っ取ること。それが俺に与えられた任務。すなわち組織からの指令だった。だからこそ、誰よりも忠実に働き、誰よりも一所懸命に打ち込んできた。
 ところが状況が一変した。会社がM&Aで外資に吸収されることになってしまったのだ。なによりも嫌な相手に先手を許した組織は、この会社の放棄を決めた。だから俺は、止むを得ず、制作部の同僚たちを始末しているのだ。四年間の努力が灰燼に帰すというのは痛恨なのだが、自分の手でそれを行えるのは多少救いかもしれない。
 俺が今日を行動日に選んだことはいくつかの理由がある。まず、たまたま病欠した者がいなかったこと。それなりの繁忙期で定時退社する者がいなかったこと。俺自身にプライベートの予定が入っていなかったこと。満月であることもそのひとつかもしれない。だがしかし、重松さんが出張で不在にしていることは、そのどれよりも重要であることは否定できない。
 右も左も分からない新人だった頃、重松さんが教育係についてくれた。そのおかげで今の俺がある。制作マンとしての俺を育ててくれた恩人だ。あまりにもお世話になりすぎて殺したくないのだ。これは私情だが、ひとつくらいは許されて良いのではないかと思っている。


 主人を失った十二台のモニターが、メニューバーの時計で夜八時になったことを知らせた。確認するまでもないのに、無意識のうちに手首のスマートウォッチを持ち上げてしまう。もちろん、指している時間はまったく一緒だ。
「……さて」
 俺は底に残ったコーヒーを煽ってから、紙コップをゴミ箱へ捨てた。ゴミの先客にはじかれて床に転がったそれを、舌打ちをしながら拾って突っ込む。清掃係の白髪のおっさんは、いつも仕事が甘いような気がする。
「帰るか」
 タイムカードを切って、エレベーターホールに出る。ガラス戸に映った頬に返り血がついていることに気づき、予定を変更して給湯室へ立ち寄ることにした。あそこなら鏡があり、お湯がある。そこに向かって殺風景な廊下を歩いていると、違和感を覚えた。併設された階段から声がするのだ。
 この制作部は四階。三階は経理と総務だ。声は階下から聞こえる。決算期でもないのに、こんな時間まで彼らが残業しているのは妙だ。それにさっきのは声というよりも……。
 そういえば、取り越し苦労という言葉に助けられたことは一度もなかった。嫌な予感というのはなぜこうも当たるのだろう。薄暗い経理部には合計五体の死体が転がっていた。そのどれもが表面を切り裂かれ、苦悶の表情をしている。俺の作った死体のほうが、表情がないぶん穏当だと思う。
「制作部の泉くんじゃないか」
 背後からの声。
「……夏目さん」
 逆光だが、俺よりも頭ひとつぶん高い長身は間違えようがない。入社当時、地味な経理部員の名を覚えるのは苦労したが、彼だけは例外だった。痩身のスーツ姿。ハンカチで手の甲を拭っている。給湯室から戻ってきたところなのかもしれない。
「これを……夏目さんが?」
「ここだけじゃないよ。隣の総務部も済んでる」
「……どうしてこんなことを?」
「どうしてもこうしてもないよ。聞いたろ、泉くん。我が社は外資に売られたんだよ」
 夏目さんはそのあたりにあった事務イスを無造作に引くと、座面を跨いで、背もたれを抱えるように身を預けた。
「俺だってこんな結末になるとは思ってなかったさ。金の流れを掴むために、経理なんて地味な仕事をこなしてきてさ。それでも、あと数年は我慢しなきゃなって思ってたわけ」
 長い手で身振りをするたびに、イスのスプリングがギュッと鳴る。
「結果、外資に吸収だろ。冗談じゃないよ。そうなったら撤収って話になるしかないじゃん」
「撤収ですか?」
「そうだよ。実際そういう指示が来たしさ」
「どこから?」
「結社だよ。俺の雇い主の」
 夏目さんの眼光に鋭さが宿った。
「しょうがないことだよ。上が決めたことには従うしかない。というわけで、俺はおなじ釜の飯を食った同僚たちを始末してまわっているわけだ。このあと制作部に行くところだったから、ちょうどよかったよ」
 彼は立ち上がり、事務イスを押しのける。死体に引っかかって、イスは頼りなく倒れた。死体はたぶん佐藤という名だった気がする。
「苦しまないから安心していいよ。サクサクやらないと、あとが詰まってるから」
「制作部なら、終わりましたよ」
「まじで? 今日残業ないの? みんな帰っちゃったか」
「そうじゃなくて。始末のほうです」
 いったん丸くなった目が、次第に細くなってゆく。
「ああ。そうか。泉くん。君、そうなんだ」
「ええ。そうなんです。俺は組織から送り込まれまして」
「なるほど。じゃあ、サクッとはいかないな」
「はい。お手柔らかに」
 経理部のスペースは制作部の半分だ。だからやや細長い。両サイドは背の高いキャビネットが並び、俺の背後には窓が並んでいる。部屋の中央には、事務デスクを三台組み合わせた島がふたつある。俺はふたつの島の中間に立っていて、夏目さんは入り口から少し進んだあたりで、スーツの上着を脱ぎ捨てたところだった。彼の背後のホワイトボードには、支払いが滞っている顧客企業名が走り書きされている。
「ところで、泉くん。いま領収書持ってる?」
「え? いや」
 俺は否定しつつも、ポケットを探った。
「あ。下のコンビニのレシートがあった」
「持ってるんだね」
「でもこれ、経費と関係ないですよ」
「なんでもいいんだ。領収書機能があれば」
 嫌な予感がした。鼓動が強く拍を打った。その瞬間、レシートは鋭い刃になって手のひらを発し、俺の頸部めがけて飛来した。上体を捻って回避を試みるが間に合わない。首から耳の後ろにかけて、裂傷が走った。
「おお。いい反射神経」
 危なかった。あとわずかに反応が遅れていたら頸動脈を寸断されていただろう。
 レシートは弧を描き、ふたたび襲いかかってきた。俺はデスクに放置されていた分厚いファイルを手に取る。左の頸動脈めがけて直進してくるそれを、ファイルで受け止めた。妙な感触だ。衝撃はほとんど感じない。買ったばかりのマーガリンにナイフを刺したときのそれに近い。見ればレシートの半分ほどがファイルを貫いてこちら側にはみ出ている。支払ったときは気付かなかったのだが、会計が七七七円だった。
「領収書を刃物に変え、自在に操る能力……」
「そうだよ。適任だろ」
「地味ですね」
「潜伏するにはもってこいじゃないか」
 俺はファイルを放り投げ、カーソルを出現させると、そいつをレシートごと爆砕した。
「君のは派手だな」
「どうですかね」
「だがスピードはなさそうだ」
 夏目さんは左手で三枚のレシートを空中に放った。それらが空中で静止する。さっきから彼は右手の動きを隠しているようだ。だがそれを確認する時間はない。レシートが不規則な軌道を描いて、まるでダンスでも踊るように迫ってくる。
 一枚目を横っ飛びで躱すと、回り込んだ二枚目が顔面に向かってくる。上体を逸らしてやり過ごせば、直上から振り下ろすように三枚目が降ってくる。
「泉くん。パルクールでもやってたの?」
 片頬で笑いながら夏目さんが問いかけてくる。賞賛のつもりなのだろうか。やはり右手がしきりに動いているようだが、視線を向けるだけで致命傷を負う可能性がある。
「そのまま動いてても、へばっておしまいになるだけじゃない?」
 悔しいが夏目さんの言うとおりだ。体力をすり減らして、いつか餌食になるだけだ。しかし、レシートの動きが早すぎてカーソルを合わせられない。せめて背後に回り込まれさえしなければ……。
 とんかつ屋のレシートに前髪を切られ、激安の殿堂にはジャケットの襟を持っていかれた。ふくらはぎの裂傷はコスプレバーによるものだ。あまりに激しい動きを続けたせいで、三島に手当てしてもらった傷も開いてしまった。
 一か八か、俺は仰向けに寝転んだ。
 ここは島と島のあいだ。事務デスクに挟まれた狭い空間だ。背後、そして左右を潰したことになる。案の定レシートは俺を追って直上にみっつ並んだ。ちょうど俺の眉間、鳩尾、股間を突き刺せる位置だ。だが恐れない。直線的な動きなど、俺の能力の前では静止しているのとおなじだ。俺は人差し指を三回動かした。
「ひとつ聞きたいんですけど」
 爆砕したレシートのかけらを払いつつ、俺は立ち上がる。夏目さんは唖然としたまま「なんだ」と応じてくれた。
「右手でなにか操作してますよね。それキーボードのテンキーですか?」
「よくわかったな」
「それでレシートを操っていたわけですね」
「まぁ、そうなんだけど。それがわかったところで、どうする?」
「いやぁ、どうしようもないんですけどね。でも操っているのが人間だってわかっただけでも収穫かなと」
「泉くんってさぁ。そういうところあるよね」
「ついでに、もうひとつ質問していいですか?」
「ん?」
「いまどき電子決済じゃないですか。領収書だってPDFが主流ですし。紙のレシートを操る能力ってオワコンですよね。実際」
 夏目さんの気配が変わる。眼窩がさっきより窪んだように感じるのは、眉間に刻まれたシワの深さゆえだ。
「泉ぃ」
「はい」
「おまえ、なめてるだろ」
「はい。多少」
 デスク上の無数のファイルがガタガタと音を立てる。
「いま自分がどこにいるのか忘れてんじゃねぇのか。ここは経理部だぞ。紙の領収書なんぞ、山のようにあるんだよ。山のように。どれだけ俺がいつも、おまえらの欲求の証を処理するために時間をかけてるのかわかってねぇな」
 ファイルから次々と紙類が飛び出し、空中にとどまる。サイズもまちまち。色も書式も無限にある。それが一秒ごとに増えてゆく。
「そもそも、泉ぃ。おまえ先々週の日帰り出張の昼食代、まだ提出してねぇよな」
「あ、すいません」
「金曜までに提出しねぇと自腹にすっからな、おい」
「はい。金曜までに必ず」
「返事だけは一人前だな」
「はい、すいません」
 俺と夏目さんは、もはやお互いの顔を視認することができない。両者の間に漂う領収書類が多すぎるのだ。入学シーズンの桜吹雪より濃い。そしてそれらは刃となって俺に殺到するはずだ。切り刻むために。
「死ねや」
 無数の領収書が一斉に動き出した。俺は身を低くして走る。同時に右手のなかでワイヤレスマウスを操作し、空中のカーソルを操る。ジャケットの裾が切断された直後、左耳が上下真っ二つに切り裂かれた。俺は走りながらクリックを繰り返し、あちらこちらで爆発を引き起こす。巻き込まれて燃える領収書もあるが、あまり効果的とはいえない。それでも俺は、走りつつ、爆破を続ける。
「なんだそりゃ。下手な鉄砲数撃ちゃあたるを実践してんのか?」
 夏目さんは挑発してくるが、リアクションしてあげる余裕はない。俺は駆け回りつつ、爆破を続けつつ、ほとんど部屋を一周した。もはや飛び散る血液が、自分のどこから出たものかすらわからなくなっていた。
 俺は領収書を躱すのをやめ、経理部長のものだった事務デスクのうえに飛び乗った。たちまち直下を除く全方位が、紙の刃で埋め尽くされた。
「観念したのか。ずいぶん頑張ったな」
 俺の服はそこらじゅう切り裂かれ、まだらに赤黒く染まっている。脈動のたびに、机上にシミが増えていく。
「夏目さん。やはり、思ったとおりでした」
「泉くんに認めてもらえるとは嬉しいね」
「いえ、そうではなく。枚数が増えれば、一枚あたりの操作精度は落ちるんじゃないかと思ったんです。そのとおりでした」
「まぁ、テンキーで操っているからな。サッカーゲームみたいに自分の意思をタイムラグなしで伝えられるのは三枚くらいのもんだ。他はそれに追随していく感じだ。しかし、それを確認するためにずいぶんと犠牲を払ったじゃないか」
「ええ、まぁ。勝たないといけませんので」
「知ってるか。ドローンってさ、ラジコンみたいに操縦するだけじゃなくて、プログラムを送ることで指示通り動かすことができるって」
「むしろ、そっちが主流では?」
「そうだよな。俺の能力もさ、テンキーしか使えないわけじゃないんだよ。キーボード側を使えばさ、プログラムすることができるわけ。表計算ソフトのなかで、世界中でもっとも使われている関数ってなんだと思う? 一番シンプルなんだけど、一番頻繁に使うもの」
 俺は即答できなかった。
「オートSUMだよ。これからすべての領収書がおまえに向けて集まる。おまえを包囲しているすべてがだ!」
 あまり楽しい未来図ではない。
「逆ハリネズミみたいになって死ね!」
 だが夏目さんはショートカットキーを入力することはできなかった。両側から倒れてきたキャビネットを受け止めるために、左右の腕を使わざるを得なかったからだ。
「なんだとぉ!」
 天井に届くほど背の高いキャビネットには、紙の書類がびっしり詰まっている。その質量は計り知れない。夏目さんは歯を食いしばってそれを押し戻そうとするが、微動だにしない。
「俺、ただ逃げ回るために走ってたわけじゃないんですよ」
「……なに」
「下手な鉄砲じゃないってことですよ。慣用句で言うなら、そうですね。木を隠すなら森の中ってところですかね」
「もったいぶってんじゃねぇ……」
 夏目さんの両腕はもう震えている。
「闇雲な爆発はカムフラージュですよ。キャビネットの足元を破壊してるのを見抜かれないための」
「狙ってたのか」
 鬼の形相は、俺への怒りからか、筋力が限界にきたからか。もしかしたら両方かもしれない。
「オワコンなんて失礼なこと言ってすみませんでした。挑発したら枚数増やすんじゃないかなと思っただけなんで、本心ではないです」
 俺はカーソルを出し、夏目さんの鼻のあたりにあわせる。
「泉。ちょっと待て……」
「待ったところで、潰れて死ぬだけなんで」
「……泉」
「おつかれでした」
 鎖骨から上が吹き飛び、夏目さんの身体は意思を持たなくなった。引力に抗う力を失い、キャビネットとともに倒れ込む。雪崩のように書類が溢れ出し、夏目さんだったものをすっかり隠してしまった。俺を取り囲んでいた無数の刃も、ただの紙にもどって無造作に床に散らばっている。
 さすがに疲れたが、俺にはまだやるべきことがあった。尻のポケットから二つ折りの財布を取り出し、中身を確認する。やはりあった。先々週の出張のとき、昼食のために寄ったカレーハウスのレシート。間違えて捨てていなくて本当によかった。
 俺はそれを夏目さんのデスクにそっと置いた。これで約束の期限は守ったわけだから、怒られることはないだろう。
 死臭を嗅いだせいか、もう一杯コーヒーが飲みたくなった。いったん四階に戻ろうかと思案したところで、経理部の内線電話が鳴る。発信元は制作部。俺は反射的に受話器をあげていた。
『ああ、よかった。誰もいないかと思った。あなた誰?』
「……泉ですけど」
『泉くんって制作部の? なんでそこにいるのよ。っていうか制作部、全員死んでるんだけど、これなに、あなたがやったの?』
 この捲し立てるような喋りかた。心当たりがある。
「あの……あなたこそ誰?」
『あ、ごめん。あたしあたし。営業部の朝比奈』
 営業二課のエースだ。
『制作部だったらまだ残っているだろうと思って様子見に行ったら、みんな死んでるんだもんなぁ。手間が省けていいんだけど』
 相変わらずの早口。いったいどのタイミングで息継ぎをしているのか。
『悪いんだけどさ。泉くん』
「はい」
『ちょっとこっち来てくれない? 解決したいことがあるから』
 面倒だなと思ったが、とりあえず行くことにした。なにしろ、考えてみればエスプレッソマシンは四階にしかないのだ。


つづく

本作についてご講評をいただきました!光栄至極!


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城戸 圭一郎
電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)