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簒奪者の守りびと 第二章 【7,8】

第二章は8シークエンス構成です。4日連続更新。
<3,400文字・目安時間:7分>

簒奪者の守りびと
第二章 交叉

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【7】

 ゾフは中央分離帯の切れ目から左へ転回し、粗末な金網を破って荒地へ侵入した。そこは国有鉄道の敷地であり、ドロキア方面とを結ぶ王都中央駅の始点でもあった。アウディは追跡者を引き連れるようにして、その敷地内を疾走する。左側には貨物列車。同じサイズ、同じ塗装のコンテナが延々と続いている。右側には整備中の旅客列車が車輪を休めていた。それらに挟まれた細い空間を、砂埃を巻き上げながら疾駆してゆく。中央駅のプラットホームとアーチ型の鉄屋根が見えてきた。列車が途切れたところで、ゾフは車を線路に乗り上げさせる。アベンシスもその後を追い、駅構内へと突入した。
 ホームに立つ恋人たちに、別れの寂しさを忘れさせる効果はあったかもしれない。彼らは、眼下で展開されるあまりにも奇異な光景に、しばし時が過ぎるのと、口の閉じかたを忘却してしまった。
 連なる枕木がタイヤを殴打する。車内は凄まじい振動で会話もままならない。まるで工事現場の転圧機に叩かれているかのようだ。ラドゥは朝食を採ったことを後悔した。
 女性下着の赤いトップスは、サイドミラーで健康的にはためいている。

 セントラルパークの南西出口から路上に復帰したリャンカは、一気にアクセルをふかして西へ向かった。腕時計を確認する。
「ふむ。いい頃合い」
 バックミラーに視線をやると、マリンブルーのオクタヴィアが、赤と青を点滅させながら連なっていた。
「職務に忠実でけっこう! 諸君、シートベルトはしっかりしておくことをお勧めするよ」
 タクシーとトラックの間をすり抜けるように一気に追い越す。
「あとはエアバッグの点検を欠かさないことだよ。うん。いまさら言っても遅いけどね」
 リャンカは素早く携帯電話をスピーカーフォンにして、ラドゥに繋いだ。
「班長。いまどのへん?」
『……ドイナ通りだ』
「なぜそんなところに?」
『まぁ、事情があってな。あやうく全員カクテルになるところだった』
「美味しいカクテルには材料の親和性が欠かせないんすよ」
『AT4は刺激が強すぎて味を損なうと思うぞ。君の贈り物が連れてきたわけだが』
「そんな派手なやつ、フィッシュマーケットには現れなかったんすけどね。予定の地点まで行けますか?」
『ペトニカリ通りだな』
「西進してください。あたしはアルビショアラ通りから南下するんで。いまから3分15秒後に交差点で。この電話は切らずに」

 宮殿を眺めるなら、東から見上げるのが最も美しい。草木の淡い緑色に覆われた丘の上に、象牙色の城壁が左右に伸びている。両端には円柱型の塔がそびえ、煉瓦色をした円錐型の屋根を乗せている。その姿を、帽子をかぶっている様子に例える者が多い。城壁の向こうに宮殿の二階以上が顔を出しており、縦長の窓が等間隔で並んでいるのがわかる。屋根の色は尖塔とおなじ煉瓦色をしている。威圧感と驕奢さを感じさせないその立ち姿は、勇者アルセニエの篤実さを伝えていると言って差し支えなかった。
 道路は、その丘を包むように南北から伸び、ふたつがちょうど宮殿の真下で合流している。その合流地点からペトニカリ通りが始まり、片側三車線の広い道路となって東へまっすぐ伸びる。王都中央を南北に貫くのはアルビショアラ通りであり、こちらは片側四車線で、トロリーバスの専用路線まで備えていた。
 その二本の道路が交錯する場所は、当然ながら王都最大の交差点だった。それぞれが広い中央分離帯を備えているため、交差点の中央は円形の島のようになっている。芝生が整えられたその中心には石像が立っていた。ヴィクトル一世が天に向けて掌を掲げる立像だ。王の掌に太陽をおさめた映像が、プロパガンダ放送で好んで使われている。
 ラドゥたちはペトニカリ通りを西に、リャンカはアルビショアラ通りを南に、それぞれ追跡者を引き連れて疾走している。

【8】

 連節バスの長い車体をパスする。年代物のバイクを一瞬で抜き去り、冷却水をこぼしながら走る運搬車をかすめるように前に出た。
『ゾフ、そっちの位置は?』
 サイレンの多重音を背景に、リャンカの声が届く。
「交差点まであと……0.8マイル」
『ちょっと速いかな。若干落として』
「え? 追いつかれるぞ」
『追いつかれない程度に!』
 ゾフは頭を抱えたくなったが、ハンドルから手を離すわけにはいかない。リャンカの要求に応えるため、思い切った蛇行運転を始めた。
 三車線を幅広く使い始めたアウディに、追跡者たちは混乱した。右へ左へと車列が乱れ、一般車に進行を阻まれる者も現れた。最後尾のハイラックスでは、荷台の男が振り落とされまいと車体にしがみついている。
『いいよ! 速度をあげて!』
「なんだって?」
『加速して、55マイルまであげて!』
 ゾフはアクセルを踏み込んだ。エンジンが唸る。
『あと12秒! 交差点をそのまま直進! いいね!』
 交差点が見えてきた。この時間帯にしては空いているのが幸いだった。
 スピード勝負になればアベンシスは意気軒昂として追ってくる。怒りを速度に乗せて一気に距離を詰めてきた。五台が我先に獲物を狩ろうとし、窓から銃を持った手が伸びる。最後尾、長髪の男はふたたびAT4を構えた。
 黄色のタクシーが視界の隅に流れていく。この瞬間、ゾフの視野から一般車両の姿が消えた。信号は赤に変わろうとしている。
『あと6秒! キープ!』
 携帯から聞こえる声を信じる。バックミラーのなかで、追跡車の姿が大きくなる。
『3秒!』
 ゾフは速度を維持したまま、赤信号を突っ切って交差点に進入した。
『行けぇ!』
 叫び声と同時に、視界の右隅に見慣れた車体が現れた。フィアットだ。アルビショアラ通りを南下してきたリャンカがそこにいた。両者は急速に接近してゆく。回避をしようにも間に合わない。ゾフは同僚を信じて、なにもしないことに賭けた。
 アウディのまさに眼前をフィアットが横切る。そのときゾフは見た。浅緋色の髪のしたで彼女が笑っているのを。すり抜けるように交差したあと、二台は急速に離れてゆく。
 だが後続車はそうはいかなかった。

 先頭のアベンシスは、同じく先頭を走っていたマリンブルーのオクタヴィアと激突した。戦鎚で横殴りにされたように警察車両は湾曲し、急制動のかかった黒塗り車は後部を跳ね上げ、ひねるようにして横転した。そこに二台目が突っ込み、横転した車両の下腹に打撃を加えた。警察の二台目は、同僚の車両を躱そうと急ハンドルを切ったことが裏目に出た。後輪が滑り、制御を失ったところに後続が衝突。そこにアベンシスの三台目が突入してきた。それは互いを破壊しながらボンネットに乗り上げ、糸の切れた操り人形のように停止した。四台目のオクタヴィアは懸命にブレーキを踏んだ。だがアベンシスの後続は現場を駆け抜けようとしたため、その進路を妨害するかたちになった。両者は正面から激突し、互いの運動エネルギーでダメージを増幅。オクタヴィアのボンネットは湾曲し、アベンシスのフロントガラスは乗員の頭蓋によって粉々に破壊された。そこに乗り上げた警察の五台目は、残骸によって跳躍させられ、左後部をわずかに引摺るだけでほとんど宙を舞った。着地点では、アベンシスの五台目がタイヤに白煙をあげさせて滑っている。オクタヴィアは振り下ろされた斧のように、その黒いボディに突き刺さった。ルーフは潰れ、全てのガラスが砕け散る。破壊しあう両者を吹き飛ばすようにして、最後尾のハイラックスがそこに追突した。荷台の男は、今度ばかりは耐えられなかった。前方に投げ出され、ヴィクトル一世像の台座によって頸椎を砕かれた。その瞬間、彼の意思とは関係なく、右手がAT4を撃発させていた。
 破裂音とともに射出された弾頭は、南東方向へ飛翔した。ボディに「あなたの人生にフラワーシャワーを」とペイントされた生花の配達車が停まっている。弾頭はその荷台下部に命中し、炸裂した。それまでの騒ぎが児戯であったかのように、轟音が周囲を包み、火球が車両を持ち上げた。破片が飛び散り、近隣の建物のガラスを砕く。一瞬遅れて、もはや残骸となった配達車が路上に叩きつけられた。
 白煙と黒煙が競い合うようにその支配領域を広げ、風がそれを助けている。
 象牙色の王宮が、その光景を静かに見下ろしていた。


 第二章 完

 第三章へつづく
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城戸 圭一郎
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